日本の声〜真言声明の世界〜

1999年6月21日
彩の国さいたま芸術劇場小ホール

「声明−しょうみょう−」インド発中国経由で仏教伝来と同時に日本に伝わった。日本仏教で、儀式・法会の際、僧が唱える声楽で、日本音楽の源流といわれるもの。訓練された発声・唱法ではなく一人一人が自分のありのままの声で経を唱える。経により梵語、漢語、日本語を3種類の「歌い方=演唱」に乗せる。

「アサヒビール レクチャーコンサート in 埼玉」として行われたこのコンサート、会場となった彩の国さいたま芸術劇場小ホールが素敵なホールだった。客席の段差が大きくどの位置からでもステージが良く見えるようになっている。コンクリート打ちっぱなしの壁や頭上に大きく広がる空間が音響の良さを予感させる。シェークスピアなどやりそうな感じだが、演劇でも音楽でもよりアコースティックなものが合うだろう。

まず、茂手木潔子さん(上越教育大学教授)の「声明」についての説明から始まる。

私自身、声明を聴くのは始めてだ。知識として持っていた情報を茂手木さんのお話を聞きながら確認する。

声明が一般に紹介されたのは1960年代。黛敏郎作曲の「涅槃交響曲」ついで演出家木戸敏郎が国立劇場開場公演で声明を取り上げる。1970年代エスニックブームを経て、バリのガムランやモンゴルのホーミーなどを映像、音とともに身近に感じるようになる。また、それらをシンセサイザーで細工して、ヒーリング音楽というジャンルも登場した。声による祈りというと最近のグレゴリウス聖歌、ゴスペル、「天使の歌声」系のコーラス。

お話を聞きながら、エスニックという言葉に引っかかった。「エスニック」は、本来「民族の」という意味だが、エスニックブームという場合、自分達より遅れた生活文化に対して「癒し」を感じるなんていう失礼な語感がある。決して物質至上主義の進んだ文化に対しては使わない言葉だ。反してゴスペルなどには、「憧れ」で接しているのだろうか。声明も雅楽も日本の音楽はあまりブームに乗ったりはしない。ということは、癒しでも憧れでもない、その中間、身近な音楽なのだろうか。

声明は宗教音楽であり、お経である。真言宗豊山(ぶざん)派の僧が出演。真言・密教ということで法具などのアイテムが豊富なのも楽しみだ。そして、京都・大原の来迎院での声明が有名だ。平家物語と縁深い地である。琵琶法師の唄う「祇園精舎の鐘の声・・・」一節で(「・・・鐘の声」だけで5分くらいかかる。)寝てしまった経験のある私としては、声明が唱えられているあいだ寝ずにいられるかということが心配ではあった。

舞台の中央に緋毛氈、雪洞1対と二月堂の祭壇、その上に供物と法具が並ぶ。祭壇は客席に向かって設えられており、観客が仏様の位置にいることになる。

鬱金の法衣を着た4人の僧(羅漢)が二月堂を囲んで座る。その中の一人が演唱を始める。思っていたよりずっと早いテンポ。僧の声は心地よいテノールで華やか。清元をア・カペラで聴いているようだ。あとの3人が演唱に加わり、舞台正面後方の大きな引き戸が開くと後ろからライトが照らされ綾錦の袈裟を着けた僧(釈迦)が祭壇に進む。客席の方からは錫杖を鳴らし、浅い笠を被った墨染めの衣に鬱金の袈裟の僧、錫杖と笠を持たない僧、合わせて16人が現れる。天空からの光、を思わせるライティングの中、演唱しながら客席の一部を囲む。やがてその16人(修行僧)も舞台の左右に座を占める。冒頭とエンディングにはサリーを着けた女性7人(天女)も加わった。

羅漢(悟りを開いた最高位の僧。人間と仏の繋ぎ役)の呼びかけの経によって釈迦が降臨する。7人の天女は釈迦の露払い。仏像や阿弥陀来迎図などで天空を飛ぶ飛天の役割を表わしているのだろう。・・・釈迦が来迎する。法を求めてさまよう修行僧たちが釈迦の姿を見る。羅漢が釈迦を称え、修行僧が教えを求める。一人一人の声が釈迦に届き、悟りへ向かう。釈迦の説法と僧たちの声が一つの音楽となる。僧の声は、個人が持つ特性であり、世界・宇宙を形作るエレメンツ。それらが重なる宗教的恍惚。修行の場で、苦行を求める方法もあるだろうけれど、こういう一体感を持つことも声明の重要な役割なのだろう。

今回は、コンサートということで、ストーリー性重視の「いいとこどり」の構成になっているとのこと。一人の僧が演唱したり、全員で演唱したり、打楽器が入ったり、経を唱えながら大きな桜の花びらのような色紙を空に放り投げるように飛ばしたり(散華)。天女役の女性も日本で初めて結成された女性の声明隊で、本来は法会に女性は参加しない。休憩なしで1時間以上というものだったが、寝てしまうどころか、とても「楽しかった」のだ。

21人の僧が演唱するのはさすがに迫力があるし、地声で、合わせようとしていなくても一瞬ハモってしまう時もある。その瞬間の心地よさ、21人の声が響き、共鳴する中にいるとなんとも言えない浮遊感(グルーブ)がある。波紋が重なり合うように声が重なる。時にはビリビリと地鳴りがするほど。何かに似ている。ラベルのボレロが演奏者をトランス状態に陥らせる様子に似ていると思った。

クライマックスには4面の大太鼓が4ビートを刻む。僧の声がメロディー、鈴(れい)や拍子木などの鳴り物や法螺貝のホーン・セクションも入り、まるでジャズ・セッションのようだ。それもビッグ・バンドの迫力とリズム感。源氏物語には、ジャズ・コンボの描写としか思えない個所がいくつか出てくるが、ビッグ・バンドまで日本人は大昔からやっていたとは!

まったく同じものをライブハウスなどで聴いたら、絶対に立ち上がって、リズムに乗ってハンドクラップしてたと思うし、拍手したいところも何度もあった。こういうのを聴かせてくれるのなら法事にもまじめに行くのだけれど。

こんな風に書いていると大げさな、と思われるかもしれないが、驚きと発見の連続だった。今、聴いている様々なジャンルの音楽の要素をたくさん含んでいる。もしかしたら、西欧の音楽と出会う前の日本は豊かな音楽をたくさん持っていたのではないだろうか。

宗教と音楽(声楽)との結びつきで連想されるのはグレゴリオ聖歌。それは確かにきれいな音楽なのだけど、テンポ、リズムにどこか居心地の悪さを感じる。声明には、居心地の悪さが感じられない。その違いは、生活の根っこに基づくリズムやメロディーを持っているかどうかではないかと思う。静かで息の長い演唱は、冬の夜風、力強い大太鼓との演唱は、夏の夕立。どこかで必ず経験したことのあるリズムを持っているから、違和感がないのだろう。四季、自然の恩恵を受けなければ生きていけない人間の、仏への祈りとともに自然への鎮魂でもあったのだろうと思う。寺院は山の中にあり、山と一体になっている。自然の素材で作られた寺院で、体から発する声で仏を称えるならば、僧も自然と一体となる。仏教が通った各地に声明のスタイルは残っているが、それぞれスタイルは変わっているらしい。この日聴いた声明は、仏教思想と神道の思想が共存する日本ならではの「進化」であったのかもしれない。


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