Arts Calendar/Art's Report site/《WADA Map》ZENGA
Vol.66
特別展「ZENGA-帰ってきた禅画」
-アメリカ ギッタ−・イエレン夫妻コレクションから-
2000年10月10日〜11月26日
東京・渋谷区松濤美術館
「江戸時代の禅僧たちは、布教のために禅の精神を形にすべく、大胆でナイーヴな書画を描きました。」これは、「ZENGA-帰ってきた禅画」展のパンフレットにある言葉。ギッター・イエレン・コレクションや今回の展示の意義が続くのですが、その言葉とは裏腹の会場。閑静な住宅街にある松濤美術館に、版画や墨の濃淡だけの奥深い世界かと思いきや…。会場のあちこちから、「ぷっ」と吹き出す声が聞こえます。
ZENGA=禅画ではなく、あくまでもZENGA。どうしても可愛いとしか言えない南天棒の描いた「雲水托鉢」の軸。遠足の小学生の列のように、楽しげな笑みを浮かべた雲水僧たちが托鉢に赴く絵です。様々なグッズの溢れるキャラクター・ショップの一角に「雲水托鉢」のコーナーがあってもおかしくないくらい。「雲水托鉢」を染めた暖簾をどこかで見た気がします。関西の門前の土産物屋あたりで。一緒に行った友人はこのポスターをお買い上げ寸前。彼女を思いとどまらせたのは、これが「禅画」であるという一点だったかもしれません。
奔放で大胆な筆致。力強い賛。登場するキャラクターは「たれぱんだ」ではなく、達磨大師や布袋であることが、遊んではいけない宗教の表現なのだ、と自分で自分に釘をさしてしまう。これらの「禅画」を描いた白隠、南天棒らの禅僧の意図、術中にはまってしまうような気がします。
明治学院大学の山下裕二教授の手掛けたキャプションは、宗教または宗教美術としてこれらを見ようとはしていません。解釈すること、禅を理解しようとする気持ちをことごとく裏切って「変な絵を描いてひとびとにくれてやった変な坊さん」というスタンスが一貫しています。そう言われて、ただおもしろく見ればいいのか、と切り替えようとしても、そこにある「何か」を探ってしまいます。自分が持っている意味を探るための情報と、探るなというキャプションの情報。そして、おもしろ可笑しく可愛い「絵」(が発信しているはずの情報)。他の美術展ならば、言葉にならないにしても「あ、そうか」とシンクロできる、または突き放せる瞬間は見つかるのだけど、このZENGA展は、その周りをうろうろするだけで入り口のヒントさえも見つからずに情報の渦に酔ってしまいます。作者が高僧である、という事実に振り回される自分が情けない…。
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