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展覧会レポート
《熱き挑戦-片岡球子の全像展》
会 期:2000年4月22日〜6月4日
開館時間:10:00〜18:00/金曜日は20:00まで。
(入場は30分前)
休 館 日:毎週木曜日(5/4は開館)と5/1、5/8、9
料 金:企画展のみ=900円(大人)、企画展・コレクション展共通=1100円
「これが日本画?日本画って何?」悩みながらも笑ってしまうほどの迫力とポップな魅力がいっぱいの【片岡球子の全像展】を観てきました。大胆(単純)な構図と鮮やかな(どぎつい)色遣い。ひとめ観た瞬間に「アッハッハ」。あっけらかんと絵の前に立つ。なんて、大らかなんだろう。なんて、温かいんだろう。原色をたっぷり使った大きな絵が並ぶ展示室には少しも重苦しいものがなく、きっぱりとした空気が流れています。
片岡球子は、横浜市立大岡尋常高等小学校(現横浜市立大岡小学校)で、大正15年から昭和30年の長期に渡り教鞭をとっていました。美術の先生ではなく、担任を持ち、全教科を教える先生です。札幌の高等女学校を出た後、単身上京し女子美術専門学校(現女子美大)を卒業し、帝展・院展入選を目指す。自立のために教職につきますが、30年間教師を続けたということ、特に受験を控えた高学年の担任が多かったということ、いかに信頼された教育者であったかを物語っていると思うのです。
昭和の初期から戦後の時代に女性一人でそのような生活を続けたことの厳しさ、苦労はどれほどであったか。なのに、片岡球子の絵にそういった暗さは微塵も感じられません。画面から伝わってくるのは、対象への深い愛情、信頼感、希望、そして潔さ。
展覧会は初期作品、人物、風景、面構(つらがまえ)の4つのセクションから構成されています。
院展への当選と落選を繰り返しながら、昭和14年に院友に推挙され、27年同人に推挙されます。昭和30年小学校教師を退職する頃までが初期。
初期作品のいちばん初めにある《枇杷》は、50点余りの展示作品のなかで唯一の日本画らしい日本画。昭和5年院展初入選の作品です。この1点で片岡球子に確かな日本画の基礎、技術があることがわかります。描き込まれた枇杷の葉に、初夏の庭の涼やかな木陰が表現されている静かな絵です。続く《学ぶ子等》は、教室での教え子を描いたものです。机の上の答案(宿題?)には、子供の名前や日付けがはっきりと見て取れます。暖かな室内、温かな親子を描いた《炬燵》や夏休みのスナップのような《緑陰》の身近な人、教え子たちを描いたもの。
画壇からは「ゲテモノ」「異端」と言われ続けた強烈な画面。でもそれは、批難ではなく、歓迎された個性なのです。フェルトペンで肌を縁取り(使ってませんよ、フェルトペン)、大胆な筆遣いで衣装に色を塗っているだけ、みたいに見える絵だけど、何でこんなに感じのいい絵なのかなぁ。と、《供華・散華・三昧》の尼僧の衣で気付きました。思わず「あっ」と声を上げそうになるほど、薄ものの袈裟の、透けるか透けないかという質感。風を孕む袂の張りのある布地は、糸が光る様子までが感じられるのです。今まで見た数点の絵に感じた気温は、服の質感の表現があってこそ。背景がただ一色に塗られただけというのが日本画らしいと言える点。そういう絵が多い中、人物がまとう服が画面にストーリーを生み出しているようです。
出征間近の特攻兵を描いた《八風不動》。この特攻兵は奇跡の生還を遂げたと知ると、片岡球子のモデルになったことは大きな威力を持ったお守りになったのではないか、と思いました。「私が守ってみせる、死なせやしない」と思ったかどうか。モデルに注がれる強い思いは画面に収まりきらず今なお溢れ出てくるようです。女性でなければ持ち得ない力。老若男女を問わず、モデルと片岡球子は向き合った瞬間に臍の緒で繋がったんじゃないか、胎内に取り込んで再生したのではないかと、とても強い力を感じるのです。
片岡球子の布の描き方が好き。とそればかりに注目してしまった「人物」。歌舞伎役者、舞楽、の描き込まれた衣装の細部を楽しみました。人物画とはいうものの、現実にはあり得ない時間、空間を幻想的に描いた作品は片岡球子が夢みた舞台なのかもしれません。が、役者への徹底的な取材・デッサンを重ねた結果、これらの作品は幻想の場面を描いたのではなく「人」を描いているのだと言い切れる説得力があります。
裸婦を描いた《ポーズ》の連作。昭和57年、喜寿を迎えてから取り組んでいるシリーズです。ここで「アッハッハ」です。古今東西、一番好きな裸婦かも。おかしな場面を描いているのではないのですよ。体の底から溢れてくる元気があらゆる筋肉をポジティブに動かしてしまうのです。
一番観たかった「風景」のセクションへ。『歌舞伎の勉強をすることになった時、背景のことも考えて、風景の研究の必用を感じて』海や山の写生を始め、それがやがて主題となったそうです。特に観たかったのは、富士山の絵。愛すべきかわいらしい富士。デフォルメされて、原色で塗り分けられて。2、30分で登り切ってしまえそうにも見える富士。果てしなく高く崇高な富士。子供の頃、富士山は「富士さん」と敬称がついているんだと思っていた私には、嬉しい富士さんばかり。
『富士へのお礼として1年に1回、花の振り袖をお着せすることに』という《富士に献花》。煌々と照らす月と夏の花を振り袖にして、気高い中にも艶っぽさを感じ、この人にとって富士は女神なのだなと思うのです。《春の富士(梅)》の融けそうな頂の雪と光琳梅が千代紙のように鮮やかで美しい。デフォルメ、デザイン化されたモチーフを使うことで、改めて、というか、ようやく片岡球子は日本画家であるのだと深く感動しました。
最後は片岡球子の真骨頂と言える《面構》のセクション。その奇想天外な構成には言葉もないくらい。北斎や写楽がその代表作を背景に描かれていたり、豊臣秀吉と黒田如水がひとつの画面に収まっていたり。とても簡単な構図なのだけど、面白さは「コロンブスの卵」。今まで観てきた3つのセクションがここでひとつの世界を形作っているのです。
《面構》を写真で観ていた時は、アンディ・ウォーホルの毛沢東やマリリン・モンローの絵と同列のものかと思っていましたが、まったく違うものでした。よく知られた肖像画の「顔」と対峙し、その人物を解剖しようという試みですが、マニュアル通りの解剖ではなく、少々スプラッタな手術跡を残したまま、生き返っちゃうんですから。肖像画から人物画へと姿を変え、画面から普段着の声が聴こえてくるような気がします。彼等が語る言葉は、部屋の壁に飾れるポップ・アートとは別の迫力があります。
キャプションのところどころに添えられた片岡球子が作品を語る言葉が、対象をいかに愛しているか、どれほど真剣に「絵」に取り組んでいるかを感じさせてとても温かな気持ちになるのです。 50余点の作品を観て、すっかりファンになってしまいました。95歳となられるのに、意欲的に制作を続けられていることがとても嬉しい。
5月14日には、記念講演会「片岡球子のつらがまえと“面構”連作の形成」が行われます。ぜひ、行きたい!
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