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演劇レポート

黒テント第45回公演

『メザスヒカリノサキニアルモノ若しくはパラダイス』

2000年5月11日(木)〜21日(日)

下北沢 ザ・スズナリ

詳しくは、「アーツ・カレンダー」を参照。

http://www.t3.rim.or.jp/~hs01-ckc/KURO_TENT/Main.html

下北沢のザ・スズナリといえば、クラシカルでうらぶれた雰囲気のある「鈴なり横丁」にある小劇場。 イケナイものを上演しているのでは?という印象さえ持たせてしまう外観。一升瓶が最高に似合う雰囲気だ。大ホールやオシャレな劇場に慣れていると、少々ためらいを覚える空間かも知れない。

そして、私が持っていた「黒テント」の印象は「アングラ」とか「70年代」。「状況劇場」あたりとごっちゃになってしまっていた。

この劇場で、その劇団が、長距離トラッカーたちを主人公にしたお芝居を上演するという。なんだかとっても「男臭い」「汗臭い」ものになるのだろうか…?と、パンフレットをよく見れば、ミュージカル仕立ての喜劇と書いてある。今回、出演と演出もされる斎藤晴彦さんは、オペラ歌手顔負けの歌唱力の持ち主。そうそう、斎藤晴彦さんの歌を聴きたくてお芝居を観に行こうと思ったんだ。でも、「黒テントって、怖そう」と二の足を踏み続けていたのだっけ。どうしても、繋がらないイメージに混乱。

『メザスヒカリノサキニアルモノ若しくはパラダイス』は「コミックモーニング」等に執筆の漫画家松本大洋氏が「黒テント」に書き下ろした処女戯曲。今どきの漫画に疎くて、松本大洋氏と聞いてもピンと来なかったのだけど、「黒テント」と結びつくと勝手に「ガロ」をイメージしてしまった。

まさに期待と不安の渦巻く中、舞台へ。黒い床と壁。道路を模して引いてあるセンターライン。壁には前半分の車(本物)がぶら下がっている。上演前のBGMはロケンロール!「あれっ、なんかすごくカッコイイ!」

地平線に沈む日輪。その向こうに見える夢。神様が夢の中で生きることを約束したふーちゃん(藤山=さとうこうじ)が働くドライブインに集まる4人の長距離トラック運転手たち。夢というにはささやかすぎる彼らの目指すパラダイスを語る。集う場がそれぞれの夢への分岐点になる。わずかな時間が経過して、停滞する者、進む者、永遠の夢を掴んだ者とバラバラの道を行く。それも誰かの夢の中なのかも知れない。

菊池、梅田、桜井、椿の4人の長距離トラッカーの「心の棘」「迷い」「夢」「希望」「これが叶えばパラダイス」といったものを凝った仕掛けの中で、時に濃く、時にさらりと見せる。その場面を蝶のように、蜂のように飛び回るのがふーちゃん。マッチョなトラック野郎は登場しない。普通の人の、共感できる日常の中で、いつの間にか辿り着いてるパラダイス。寒い現実を突き付けられるより、ぬるま湯のささやかな幸せを見るほうが、刹那的で背筋に感じる怖さがある。

舞台のうえは仕掛けがいっぱい。話しながら、歩きながら、場面転換の準備が進む。ゆっくりだけど、掌を交差した瞬間にボールが消えてしまう手品のように、ドキドキする絶妙のタイミングで「場」がガラッと変わり、登場人物も役割を変える。さらりと軽々と行われるのだけど、相当な準備が必要だったはず。タネを見せておいて、「変わるぞ」って期待させるのは、歌舞伎の“けれん”のようで、裏方さん、役者さんのガッツポーズを想像してしまう。

さて、引っ掛かっていたミュージカル仕立てという言葉。カラオケや舞台の袖で演奏するのではなくて、舞台に歌って演じる楽士が登場。「その他大勢」にもなって、役者さんと混ざりながら演奏。歌う場面と話す場面を、これはこれ、それはそれと分けることなく、セリフに無理矢理なメロディーをつけたりもしない。でも、曲としてちゃんと成り立っていて。BGMのように自然に耳に入ってくる。場面転換もそうだったけど、「繋ぎ目」がデコボコしてないから、なんだろうか。

展開するお話を右目で追い、動き回るクラウン=さとうこうじさんを左目で追う。さとうさんの「赤の舞(勝手に命名)」は、絶品!そして、斎藤晴彦さんの歌い上げる一歩手前のテノールが気持ちいい。ままごとを楽しんでいるようなシーンの数々も、大人の役者さんがやっているからこそ、おもしろい。大人が子供の玩具箱を覗いて、つい夢中になって遊んでしまう。それを見つかったときの照れくささもちょっとあり。「黒テント」ってこういうことする劇団だったんだ。先入観や噂で「食わず嫌い」は損だなと実感。

2000年5月11日

下北沢 ザ・スズナリにて。


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