Arts Calendar/Art's Report site/《WADA Map》mokuyoubi
vol.82
演劇レポート
小さな野外劇その2『木曜日、船の通る家』
2001年10月20日
東京・三鷹@山本有三記念館
散歩日和の土曜日、吉祥寺の駅から井の頭公園沿いの道を下り、玉川上水にぶつかったら、上水を溯るようにして少し歩く。話題のジブリ美術館にニアミスして山本有三記念館へ。吉祥寺からの公園通りは、針葉樹の大木に囲まれて交通量の多さよりフィットンチッドのほうが勝ってる感じ。
山本有三記念館は、作家が実際に住んだ洋館を記念館としている。チューダー様式の洋館には、やはり針葉樹が似合う。ベージュからピンクの石と白っぽい木が使われた洋館は、黒っぽい木と白い壁のチューダー様式の洋館にくらべて和紙のように柔らかい印象。
早すぎたかと思うくらいに早く着いたのに、用意された客席はほとんど埋まっている。予約不要、無料での上演。常連の観客と、通りかかったら何か始まるふうなので、と見受けられる観客とが半々。室内を見学中の人が時折、白いレースのカーテンをめくって外を眺めている。遅めに到着した人は、庭の思い思いのところにいた様子。
記念館の庭のテラスを舞台として使う。「ちょっとすみません!」と男(=山中正哉)が記念館の係員(=丹保あずさ)を呼ぶ。5日後にこの庭で「おはなし会」を開く、その打ち合わせの模様。今日のこの芝居の打ち合わせか、芝居の中のことか一瞬、錯覚。
いつものように開幕ベルも前触れもなく、目の前にあった時間が別の時間にふわっと入れ替わる。男は何度かこの場所で「おはなし会」を開いた人物の代理として、いろいろ詰めている様子。係員が去ると、もうひとりの係員(=出月勝彦)が登場。いつも唐突な突拍子もない人を演じる人だけど、今回は「割と」普通の人。「おはなし会」の背景に旗を飾りたいらしい。ちょっとコントじみたやりとり。
客席と舞台には、何の境界線もひかれていないのだけど、庭に降りる3、4段の石段が結界を引いている。客席のこどもが楽しそうな雰囲気につられてか、石段に登ってしまう。親は焦っていたけど、たぶん、これって演出上はもっとやってほしかったんじゃないかと勝手に思う。客席もきっちりと並べるのではなく、椅子を庭のあちこちに散らばせて、地面に直接座ってもいいし、歩きながら観てもいいしというふうにして、ほんとうの「おはなし会」のように、役者に子供がまとわりついたり、走り回る中で上演してもよかったんじゃないかと。
「ちょっとごめんな。ちょっとごめんな」と石段の一段一段に謝りながら登ってくる女性(=柳澤明子)。なんだか、言葉使いが変。単語の間違いとか、こちらもシュールなコント風だけど、風邪を引いていたというハスキーな声でゆったり話す様子がとても透明感があって神秘的。5日後の木曜日は船が通るから「おはなし会」はだめ、とか、きっと聞かれるからと女性係員に池の金魚を数えさせたりと予言する。過去や未来を見通す、この庭に棲む精霊?
「謎はいちどにひとつと決まっています」と、いくつかの「どうして?」が解かれないまま、流れていく。
「おはなし会」をする作家が語り出す前に見るものは?「出帆してからずっと霧の中だった」という言葉が耳から離れないという係員(この書き出しの小説あったよね、なんだったけ?と思い出せない私)。膨張するボイラー室。木曜日に船が通るということ。
いつになく、大きな笑いが起こる。合図を送っているかのように、ちょっとした間に小鳥のさえずりが聴こえてくる。この場所で過ごすのは今が最上の時、琥珀のような時間だ。もしかしたら、5日後の木曜日、霧の中から船が(何かが)現れるのかも知れないと半信半疑。
2001年10月20日
「WADA Map」の扉へ
無断転載禁止 掲載:アーク編集室