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演劇レポート
グローブ座春のフェスティバル参加公演
劇団《トリのマーク》(通称)
『regolith【レゴリス】-惑星を覆う土-』
台詞・演出 山中正哉
グローブ座春のフェスティバル、2つ目の公演。
をご覧下さい。
受付でチケットを渡し、半券と整理番号をもらった人たちがロビーに溢れていた。開演時間が迫っても、客席への扉は開けられない。整理番号順に3つのグループに分けられて並ぶ。私は2組目。
「今日は、普段はお見せできない劇場の裏側をご覧いただきます」と劇団の人の案内で、一旦通用口から外に出て、丸い東京グローブ座の外側をぐるっと回り、大道具搬入口から入れてもらう。
「水とか土とか、入り込むとよくないので、マットでよく落としてから入って下さいね」
重そうな大きな黒い鉄の扉をぐっと開けてもらって入る。
中は暗くて、高い天井、大きな扉?壁?置いてあるのか、忘れられているのか。それだけなのに緊迫感がある。上が丸くなった背の高い観音扉が3組。
「この扉を開けると、舞台です」
大道具搬入口からは、すごく近いところ、もう舞台なんだ。天井を見上げるとライトを組んだ足場(キャットウォーク)がいくつかある。
「道具(美術など)を吊るバトンを上下したり、操作はこの綱でやるんですけど、事故に繋がるので、慣れた人でないと触らせてもらえないんですよ」
そして、「自分の近くの扉の前に集まってください。今日は、舞台から、中に入っていただきます。一番前の人は、扉を大きく開いて下さいね、引くんですよ。」
せーの、で扉を開けると、既に着席していた前のグループの人たちが拍手で迎えてくれる。こんなにいきなり舞台があるんだ。
東京グローブ座の舞台を踏んで、階段を使って、席に着く。舞台の広さとか奥行きとか、お芝居を見ているだけでは分かりにくいサイズがわかる。けしてピカピカではない木の床、かさついて軋むような音もする。だらだらと歩けば、靴音が無神経に響く。
舞台から見た客席の様子、なかなか眺めがいい。客席から舞台を見ているより、舞台から客席を見たほうが劇場って晴々と美しい。ここは、高い天井にバルコニー風の2階席、3階席が曲線を描いているからだろうか。
ほどなく扉が開き、最後の組のお客さんたちが舞台に現れる。着席組は大喜びの拍手で迎える。舞台も客席も照れ笑い、観客の用意はできた。 パンフレットなど眺めていると、お決まりのアナウンス。上演中の注意とか、「演出の都合上、非常灯を消灯することもあります」とか。このごろは、コンサート会場でも非常灯を消すところが多い。「まもなく開演」なのに、舞台の上には、なんにもない。バックステージツアーなんてやってるから?これから準備するのかな、開演時間はとうに過ぎているのに。
携帯電話の電源をチェックして、居心地よく座り直して、気がつくと舞台には真っ赤なコートの少女。唐突にお芝居が始まっていた。少女の他に舞台にいるのは、さっき劇場裏側を案内してくれた劇団の人。お客さんサービスして、直後に舞台で演じるって大変だねぇ。人手のない劇団なのかな。もうひとり、最後尾についていた劇団の人も舞台に登場。「お客さんじゃないのに、劇場をうろうろしている少女を捕まえる」と真っ赤なコートの少女を追い掛けまわしている。そうか!私達のバックステージツアーがお芝居の始まりだったんだ。あの少女は、ツアーに紛れて劇場に入り込んでいたんだ。だから、私達も観客という役を演じる舞台俳優でもあるんだ。なんて楽しい仕掛け!
《トリのマーク》は、劇場という空間に係わらず、物語を展開させていく劇団。場所に合わせて物語を作っていくそうだ。今までも青山同潤会アパートの1室、ギャラリーとか美術館、営業中の書店で「上演」している。「ザ・スズナリ」という小劇場でも上演しているけど、舞台も客席も布で覆ったりして、まったく違う空間にしたうえでの上演。
東京グローブ座では、祖母に聞いた、昔ここにあったという劇場を探す少女(=柳澤明子)と、誰かを何かを探している臨時雇いのバックステージツアー案内人(=山中正哉)、窓のない空間でめちゃくちゃな方向音痴になってしまうバックステージツアー案内人(だから最後尾にいたんだね)(=出月勝彦)、劇場支配人代理(=丹保あずさ)が登場人物。そして、ただ座っているだけで観客もエキストラに。
『regolith【レゴリス】-惑星を覆う土-』の舞台になっているのは、お芝居が廃れてしまい、職業俳優もないなくなった時と場所。劇場建て逃げ屋という謎の人物(団体?)がいて、一夜のうちにめぼしい空き地に劇場を建て、忽然と姿を消してしまう。出来上がった劇場は、なかなかの出来栄えで、壊してしまうには惜しいから、そのままにしてある。だから、あちこちに劇場が建てられているのだけど、上演はない。それで、劇場見学ツアーなんてのがあるらしい。お話はツアーとツアーの合間の時間。本来は上演中、劇場の活動時間と休息時間が逆転した時間。
臨時雇いの案内人は、ごく普通の会話と変わらない抑揚と動作。少女は、芝居がかった、だけどふわふわとした動作。方向音痴の案内人は、感情も方向音痴になりがちで普通のことを怒ったように言ったり、「これは、希望」とか「これは、命令」と自分の言葉にト書きをつけたように念を押す。
少女が探しているのは、舞台の左右に柱が立っていて、天井のない劇場。それって、16世紀のイギリスにあった本家本元のグローブ座のこと?「上へ行く」という劇場支配人代理の言葉から、少女はこの劇場が何層かの劇場が重なっている作りであることを知る。2層目の舞台の扉を劇場支配人代理は開けられないのだけど、それは扉を引くか押すかを間違えたから。私達が舞台へ通じる扉を開けるとき、臨時雇いの案内人は「引くんですよ」と強調していた。で、ちょっとクスっと。
方向音痴の案内人は、いつまでも少女を捕まえられないでいる。2階席に現れた少女を追って行って、どこをどう通ったのか元の舞台に出てきたり、3階席に現れたり、キャットウォークで右往左往して、「おーい!おーい!」観客が「おーい!」と答えると「空耳か?」と怖がったり。ニアミスしても、なぜか取り逃がす。「せり」に乗って、奈落に落ちていったり。
劇場に詳しい臨時雇いの案内人と少女は、上の階層の劇場の扉を次々と開けていく。あるところには「湖?池?沼?」水音の効果音。客席に水が湛えられているらしい。水音、何かが光った?魚がいるらしい。「こっちを見ている」「目が光ってる」私達のこと?
ずっと消えていた「非常口」の緑のライトが点けられた劇場。「どういう意味?」と問う少女に臨時雇いの案内人は煮え切らない答え。「普段は開かないの?」「普段は普通の出入り口だけど、特別な時だけ非常口になるんです」「特別な時?お祭り?」「そういう特別じゃなくて…。火事とか地震とかですね」
あるところでは、不完全な柱が見つかる。天井からキラキラとした砂のようなものが降ってきたり、ライトで柱があったような痕跡を見せたり(サン・ピラーのように)。
そして、「物言う人々」も登場する。誰も見たことも声を聞いたこともないけど、劇場に住んでいて上演後に現れるという。「鼻をすすってる」「カサカサ?」「咳払い」「溜息」「また鼻をすすってる」「笑ってる?」そう、客席がたてる些細な音を舞台の少女と臨時雇いの案内人が聞き取る。だから、この部分は、その時の観客次第のセリフということになる。効果音で携帯着メロが聞こえたりもする。
こうして、劇場の様々な仕掛けと場所を実際に見せてくれる劇場見学ツアーとお芝居が同時に進んでいく。結局、劇場を見つけることはできなかったのだけど、少女は一番上の劇場の舞台に木を2本植えた。早く大きくなって柱になあれ。案内人たちは次の劇場見学ツアーのお客さんを迎える準備を始める。
現実の劇場見学ツアーとお芝居の中の劇場とが見事に合わさり、夢の中のように、ゆったりと淡々と時間が流れていく。ち密に計算されていて、観客の反応を取り入れる遊びもあり、「台詞・演出・照明・音響・宣伝美術」と臨時雇いの案内人を演じた山中さんて、すごい人。おもしろい場所を見つけて、そこからイメージして世界を作っていく山中さんと《トリのマーク》の発想は 子供の頃の「ごっこ遊び」を思い出させてくれる。あのころ、入りたくても入れてもらえなかった場所で、自由に遊べるなんて楽しい。お芝居と観客とがある場所で出会って、それぞれが時間を共有し、生かされている。テレビやビデオで見ても楽しいお芝居はあるけれど、《トリのマーク》では、自分が観客にならなければ、決して楽しむことはできない。
不思議な時間と空間は、ひとつの夢を同時に見た者同士の会話のように「他の人にはわからない」嬉しい内緒話でしか言い表せない。まして文章で、なんてすごく野暮だと思うのだけど。 《トリのマーク》のお芝居をたくさんの人に紹介したい、教えたいと思うものの、ホントは教えたくないというのも正直な気持ち。お客さんがあんまり増えると、小さな場所での公演が難しくなりそうで、という勝手な理由だけど。
《トリのマーク》は、2000年2月から2001年1月まで12ヵ月連続新作上演を行う。『regolith【レゴリス】-惑星を覆う土-』はその2作目。1作目を見逃したのが惜しい。次は4月1日、2日、東京・武蔵小金井のギャラリーブロッケンで。
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