公演レポート
開演/10月19日(火)〜10月24日(日)
会場/両国シアターΧ
《らんだむスケッチ》で、紹介された「中西和久ひとり芝居-山椒大夫考」の公演レポート。
どん、どーんと低く鳴る太鼓の音とともに場内の照明が暗くなっていく。舞台の上には3枚の長い簾が天井から下げられていて、その両脇に門松か鳥居を思わせる竹が立てられている。上手(舞台に向って右側)には、打楽器、笛・尺八、琵琶の奏者が控える。舞台の準備が整った時、太鼓は大きくうち鳴らされ、一瞬の静寂と暗闇。演じ手であり、語り手である中西和久さんが客席通路から、打ち物(ささら)を手に現れる。舞台に上がりながら既に語りは始まっている。
さて、山椒大夫、安寿と厨子王、言うまでもないストーリーと思ったが、本当にこのお話を知っている人は少ないのではないか?桃太郎や金太郎のように絵本で読んだし、森鴎外の山椒大夫も読んだはずだが、安寿はどうなった?厨子王は?そもそもなんでこの二人の子供は、悪人の元で働いているのだ?
説経節や各地の残る伝承物語と、森鴎外がリミックスした山椒大夫、さらに子供向けの安寿と厨子王。それぞれお話が違っていて、だんだんと恐さがなくなっている。説経節で伝えたかった本意はその恐さの中にあったのではないだろうか。
中西さんのいでたちは狂言師のような袴に茶羽織。腰を落とし、膝を曲げる摺り足も狂言のよう。よく通る声が会場に行き渡る。これが説経節?と、観客がその世界に吸い込まれる気分になった時、中西さんは普通の口調になり、森鴎外の山椒大夫の冒頭を朗読し、「山椒大夫考」について軽く説明する。始まりは同じであった物語の忘れられた一方の道へと安寿と厨子王とともに歩き始めるのだ。
むかしむかし、あるところに。ではなく、時は中世、安寿と厨子王の故郷は奥州である。筑紫へ配流された父を慰めんと母と乳母とともに父の元へ旅立つ。途中の越後直江津は人買いで名が知れる土地。まんまと人買いの手に掛かり、母と乳母は佐渡島、安寿と厨子王は丹後由良の長者山椒大夫のもとへ、二艘の船に分かれて売られていく。厨子王の懐にはのちのち二人を守り、力となる守本尊の地蔵菩薩。
具体的な地名。彼等が辿った筑紫までの道筋には、この伝承にまつわる碑や屋敷跡などが各地に残されているそうだ。「乳母は海に飛び込み、大蛇となって人買いの船を襲い…という伝承もあり」などと本筋から外れる話や解説が入る時、中西さんの口調は現代風になったり、落語のようになったり。「説経節:山椒大夫」と「山椒大夫のお話」とのめりはりをつけてくれて、観客の切り替えもスムーズ。ちょっとした息抜きともなる。
過酷な労働と最大の悪役「邪悪なる」と説経節の中で枕詞のつく大夫の息子三郎による度重なる折檻。山椒大夫のもとの安寿と厨子王の辛酸をなめ尽くす日々。大夫の息子でありながら二人を影で支える二郎と女奴隷の小萩。エキストラの気の好い里人など、たくさんの登場人物と語りをひとりで演じわける中西さん。姿勢と形が美しい。所作がびしっときまる。ほんの一言の安寿でも可愛い。恐ろし気で憎々し気な、邪悪なる三郎が暴れる時は、体がひとまわり大きくなったように見える。だが、「演じている」というのは違う気がする。そんな意図的なものではない。おそらく一人の人間の多面性がこの「山椒大夫」のなかに凝縮されているのだろう。誰もが弱い者に対して、高圧的になったり、逆に庇護したくなったりする。それらをひとりで表現することで、観客に自分の中にもある恐怖の一面を戒めよとの忠告が伝わるのではないだろうか。
ある日、二人で柴刈りに行った山で、安寿は厨子王を逃がす。厨子王は山椒大夫の追っ手に追い付かれながらも、丹波国分寺の聖の手により助けられ、上洛を果たす。帝に目通りがかなうと厨子王は丹波の国を賜り、早速にかの地へ向かう。しかし、姉安寿は三郎による火責め、水責めの拷問で命を落としたことを再会した国分寺の聖から聞かされる。聖により荼毘にふされた安寿の形見は一房の髪のみ。厨子王は山椒大夫一族に極刑を、奴婢達は解放する。母の姿を求め、佐渡島へ渡った厨子王が耳にした盲目の老女の哀切なる節。「安寿こいしや、厨子王こいしや」涙で両目を泣き潰した変わり果てた母の姿。「きっと身替わりになってくれるから」そう母に教えられた懐の地蔵菩薩を母の見えない目にあてがうと…。心を閉ざし狂わしていた母もわが子の姿をその目で見れば心の雲も晴れていく。
厨子王の懐の地蔵菩薩は安寿と厨子王の身替わりとして、幾多の危機を救ってくれる。三郎により額につけられた焼き印も地蔵菩薩がその身に引き取ってくれる。山椒大夫のもとを逃げ出した厨子王が無事匿われるのも地蔵菩薩が起こした奇蹟のおかげ。
地蔵菩薩だけではない。二人が共に仏に祈る時、きっと助けの手を差し伸べてくれる人が現れるのだ。
森鴎外が敢て書かなかった部分はここ。西欧の合理主義に染まった鴎外が切り捨てた部分が山椒大夫が説経節として語り継がれた本質なのではないか。ただ、宗教ということではない。仏の起こした奇蹟は、人として正しいことをせよ、恥ずべきことをするな、そうしていればいつかは報われるという証し。二人の支えとなった二郎と小萩には幸運が用意されていた。もちろん「さもなくば」ということもあるわけで、山椒大夫は息子邪悪なる三郎に首を切られるという処刑。三郎もまた悲惨な処刑による最期。その死の結末も鴎外は書き換えている。まるでグリム童話。可哀想な姉弟は幸せになりました。何故?悪者も赦されました。何故?「山椒大夫」も「安寿と厨子王」も印象が薄いのは、教訓や戒めの部分が語られていなかったからだ。
舞台上の効果音とBGMは、打楽器(高橋明邦)、笛・尺八(藤崎重康)、琵琶(田原順子)の生演奏と鳴り物による。ひと節で場面、場面を説明し、語りがなくても感情を代弁する。リズミカルな労働歌は中西さんの歌と演奏方総動員の鳴り物によって、柴刈りの手際のよさが瞬時に伝わる。琵琶の音色はやはり、古今東西観客の涙を誘う「ストリングス」。日本の話芸、芸能はブロードウェイにひけをとらない。フル・オーケストラより雄弁なBGMとコンピューターより効果的なSE。機械に運ばれ、機械に囲まれる生活をしていても、それを迷いなく受けとれることが不思議で嬉しい。
クライマックス、盲た母と厨子王が再会する場面は、中西さんの三味線と歌。目を閉じて三味線とともに歌われるのは瞽女歌なのだろうか。暗闇に蝋燭か篝火のほのおが赤く揺れる照明の中、感極まる涙声のようにも歌われる。現代語ではないそれは、文字で読んだとしたら理解するのは難しいだろう。だが、頭ではなく体に響く。自分の心の在り処を実感する。
歌が終わると客席の一部から拍手が起きた。我にかえり、拍手をしようと思うのだが、それじゃダメ、と言うかのように体は動かない。三味線と歌の力に感動した。それを舞台の中西さんに伝えたい。拍手ではなくて。そう思ってもどうすればルールに適っているのかわからないのだ。こんなところでルールを考えてしまうなんてつまらない。拍手したかったらすればいいし、掛け声を掛けたかったらそうすればいいのだけど…。瞬間の葛藤だったが、中西さんはそれよりも早く説経節の語りに切り替わっている。その早さは、約束に縛られる現在の観客と劇場にちくりと何か言うかのようでもあった。
辻に立つ説経節の傘の中、芝居小屋なら演者はお客の拍手や涙が止まるまで待ったことだろう。その待ちの長いことが演者の栄誉であったろう。時間通りに進行することに観客も協力している暗黙のお約束が歯がゆい。
中西さんの語りに酔い、心ゆくまで涙を流し、笑い、それを返杯して中西さんを酔わせたいと思った。
10月22日
東京・両国 シアターXにて。
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