Arts Calendar/Art's Report site/《YAMAsan no Live_bibouroku》Ku Na'uka_Tensyu monogatari

vol.37

ク・ナウカ演劇連続公演『天守物語』(新演出版・本邦初演)      
'01. 7.19. 高知県立美術館中庭ステージ

 六年前に『サロメ』を観たとき、「西洋の古典を現代的に視覚化しながら、日本的な伝統芸能を想わせたりするところは、共同演出作品もあるという劇団SCOTの鈴木忠志を思い起こさせたりもするが、抽象度の高さや様式美には到底いたらない、ごった煮の混沌の持つ未完成の可能性は、この若い演劇集団ならではのものだろう。」と備忘録に綴った記憶からすれば、とんでもなく洗練されていて驚いた。さまざまなアイデアと演劇表現に対する問題意識をふんだんに盛り込んだ、ごった煮のパワフルな魅力には乏しくなった反面、簡素ななかにも贅沢な視聴覚体験をもたらしてくれるだけの充実感を覚えた。

 ク・ナウカの演劇の出発点である 1.台詞をすべて音楽にのせて語る 2.ひとつの役を「語る俳優」(スピーカー)と「動く俳優」(ムーバー)の二人一役によって演ずる、という特異な手法というのは、1については、日本の古典芸能を思わせる台詞回しに変わっていたが、日常的な話し言葉からかけ離れた言葉のリズムであることには変わりない。

 また、今回の公演は、西洋の古典ではなく、泉鏡花の美と妖かしの世界を材にした作品だったが、美術館中庭の石のステージというのは池の中にあり、回りに水が張られているので、水面の照り返しによる光の揺らめきが、黒紗を張ったステージ背景の上部と両脇に聳え立つ白い壁面に反射して、幻想的な空間の演出に一役かっていて、作品に効果的に作用していた。始まった時刻が夏の午後七時過ぎというのも絶妙で、舞台の進行とともに、次第に夜の闇に移りゆく頃合いの時間帯だ。
水面の照り返しを非常に効果的なものにしていたという点では、屋外ステージの利点を最大限に活用していたとも言えるが、周囲が壁やガラスで囲まれていることが多少影響しているのか、スピーカーたちの台詞が聴き取りにくくもあった。
装飾的な言葉と節回しによる台詞だったので、余計に聴き取りにくいのだろうが、何とも残念であった。加えて、男声と女声についての配慮をしていない部分には、違和感が残った。両性の声を用いないのならまだしも、用いて配慮しないのでは違和感が生じるのもやむを得ないのではなかろうか。ムーバーの動きは、いわゆる芝居の演技と言うよりは、身体表現とも言うべきもので、日本の古典芸能にも通じる優雅さや滑稽味が、動きとしての洗練に繋がっていて、なかなか見事なものだった。富姫を演じた美加理の圧倒的な存在感には、衣装の素晴らしさとともに、実に大きなものがあると思った。

 県外出張からの帰途で、空港から直行したにもかかわらず、十分あまり遅れてしまったのが残念だったが、終演後、すぐ後ろの席に座っていた女子高生の一団が、受け取った感激をどう消化していいか持て余していることがありありと伝わってくるような会話を非常に興奮した口調でかわしていたのを耳にすることができて嬉しかった。この世代の日本の若者に古典への関心を持たせることは、並大抵のことではないと感じるだけに、実に意義深い公演だと思った。
   


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