Arts Calendar/Art's Report site/《YAMAsan no Live_bibouroku》“STRING THING”CONCERT

vol.58
'02.10. 6.
“STRING THING”CONCERT
会場:高知県立美術館ホール

 全曲ともオリジナルから成る、かなり珍しい音楽を聴いた。編成は、クラシックの弦楽四重奏団に似ている。第2バイオリンがなく、コントラバスが加わっていた。音楽的にはジャズ・テイストが最も濃いような気がするが、ジャズとカテゴライズすることを躊躇させる部分が明らかにある。むしろ遠ざかる地点にあることを強く感じさせることで、逆に根っこのクラシック音楽を強く意識させるという、奇妙なねじれがあるような感じだ。バイオリンがフィドルやフィドラーと呼ばれるような民族音楽の伸びやかさやジャズの持つ自由さを取り入れ、クラシック系の演奏者にはない乗りのよさを見せながらも、やはり音や響きは複雑で、ひとつひとつの音自体がクラシック音楽的な端正さと知性を備えているように感じた。

 スタイル的には、チェロ以外は皆が立って演奏をするという通常の弦楽四重奏にはない形で、一曲ごとに演奏者の立ち位置の並びを変えるし、民族音楽やジャズの演奏のように身体を大きく使って音楽表現をしている。そこへもってコントラバスがジャズのウッド・ベースのような弾き方をすると、たちまちジャジーな雰囲気が漂い始める。第一部ではジャンルを越えた多様さが印象づけられる構成の7曲が演奏され、曲によっては、間の取り方が映画音楽のように感じられるものもあったのだが、休憩時にリーフレットを読むと、期せずして『B級映画 バンバンブルース』などという曲名の作品があったりして、思わず笑ってしまった。

 僕が気に入った演奏は、チェロの胴体を打楽器として使って民族音楽のリズミカルな響きを乗りよく生み出していた、第一部の最後の曲“…そしてオリエントは永遠に脅かす”(作曲:ニコラ・クルーゼ/ヴァイオリン)と第二部の最初の“バチョフのアフロブルガリア”(作曲:イェンス・ピエズンカ/コントラバス)、続く“ブルース”(作曲:マイク・ラットレッジ/ヴィオラ)、そして、プログラムの最後の曲“メタル”(作曲:スザンネ・パウル/チェロ) であった。当日配布のリーフレットに「バチョフとは誰か」とあって、ふと浮かんだのはゴルバチョフだけど、どうなんだろう。“ブルース”では、とりわけ色の白い肌の腕も露に、深いスリットが入ったスカートで片足を大胆に晒してチェロを股に挟んだスザンネが、左手でチェロのネックを押さえて、右手で抱きかかえるようにしてボディを手のひらで撫でさすり、ドラムスのブラッシングのような音を出していたのが、妙に妖しく、イェンスがコントラバスのボディを弓で撫でこすっているのまで、妖しいイメージを誘ったりしていた。“メタル”は、全曲のなかで最もスケール感があり、ドラマ性に富んでいるところが目立っていたように思う。また、第二部は、第一部以上にジャズテイストが鮮明になっていたような気がする。

 全般的には、マイク・ラットレッジの作品にジャズ色がより強いような気がしたのだが、そのこと以上に、彼女の弾くヴィオラの、朗々たる強い響きの鳴り方が気持ちがよくて、印象に残っている。アンコール曲は、キューバ音楽にインスパイアされたものだとのことだが、ヴィオラが弦に水平方向に、弓を短くスライドさせて刻む音が、マラカスのように聞こえて面白かった。キューバ音楽に想を得ても、パワフルな明るさではなく、知的な洗練へと向かうのは、彼らがラテン系ではなく、ゲルマン系のカルテットだからであろうか、あるいはクラシック系から生まれたカルテットだからであろうか、ちょっと興味を覚えた。

 しかし、これだけクラシックから離れてくるのであれば、もっと突き抜けて楽しさが前面に出てくるような音楽であってほしい気もした。その一方で、スタイル的にはクラシックからの思い切った逸脱を果たしながらも、そのエッセンスを根深く保っているのは凄いことで、そういう音楽を僕があまり聴いたことがないから、聴き手としての自分の感覚の置き処というものの座りの悪さがそのような気持ちにさせたようにも思う。聴き重ねて馴染んでくれば、そのあたりが自ずと解決されてきて、逆にけっこうハマってきそうなところも感じられる。室内楽の演奏でも、ジャズの作曲でも、クラシックの作曲でも受賞歴を有することを知るまでもなく、高い水準で音楽をやっていることは間違いのないところだ。


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