Arts Calendar/Art's Report site/《YAMAsan no Live_bibouroku》YONDEN_concert*98
僕はさまざまな国の映画を愛好しているので、アラブ音楽を耳にすること自体が初めてではないけれど、アラビア風のアレンジとかいうのではなく、アラブ音楽を表題にした演奏会を生で聴くのは、初めてのことだ。特に熱心な音楽愛好家というわけではないが、年に十回近くはさまざまな音楽の演奏会に足を運ぶ程度には気にかけていても、地方に住んでいるとアラブ音楽の生演奏に触れる機会などというものは、ほとんどない。そういう意味では、近年僕の知るところとなった「よんでん キッチン コンサート」が精力的に世界各地の音楽を生演奏で紹介してくれているのは、とてもありがたいし、貴重な機会だ。今回も貴重な演奏家を招聘してくれていた。しかも入場無料というところが凄い。
演奏者の編成は、弦楽器を中心とした四人だった。形状が琵琶やマンドリンに似ていて、奏法がギターに似ているように感じたウードを演奏している常味裕司がMCを担当し、アラブ音楽自体の解説や楽器の説明も加えながら演奏を進めていった。“ラクサ・バヤティ”や“セマイ・バヤティ”などといったタイトルを聞いても何やらさっぱりわからない曲目で始まった第一部は、それでも多少は聞き覚えのあるアラブ・イスラム音楽の響きだった。確かトルコとエジプトの曲ばかりだったような気がする。この演奏会でも聞かせてもらった南米フォルクローレやアイルランド音楽が民族音楽としての郷愁的なものを文化を越えて感じさせてくれるのに比べて、アラブ音楽は民族音楽のなかでも僕にとっては飛び切りエキゾチックだ。不思議な響きという気がする。そのあたりのことは常味氏が音階とリズムの特殊さを丁寧に解説してくれていた部分とも呼応するのかもしれない。ハーモニーを重視した西洋音楽との違いについて、絵画を引き合いにした遠近法等による立体感と、東洋的な平面性にアラベスクの装飾性や複雑さを加えて対比させていたのは、イメージ的にも非常にわかりやすい説明だった。
演奏というか音の響きとしては、やはりヴァイオリンの奏でる旋律がいかにもアラビックな感じを強く与えてくれる。奏者の土屋玲子は黒の艶やかな民族衣装をまとった麗人で、目も自ずとそちらのほうにばかり向いていったが、演奏をキリッと締めていたのは、とても切れよくリズムを刻んでいたクリストファー・ハーディーのパーカッションだったような気がする。鼓に似た錐形の腰掛けにも見える形状の打楽器タブルカやタンバリンに似たレックを小気味よく操って、張りと切れのある音を出していた。
第一部で聴いた、いかにもアラビックな音楽をイメージ的には宴の場での酒や食物とともに味わう音楽としての風情が強いように僕が感じたのは、映画なんかで見聞きしていることの悪しき影響なのかもしれないが、第二部は、そういういかにもアラブ音楽といったイメージとはいささか異なる選曲で、実に面白く聴くことができた。
チュニジアなどの北アフリカの曲が加わったこともあるのかもしれない。“ジプシーの香り”でのベース(大坪寛彦)は、足でタップを踏みながらの情熱的な演奏で魅せてくれたし、“夢の世界”では(だったと思う)パーカッションが第一部では使わなかったタールという寿司桶に似た形状の打楽器ひとつで驚くほど多彩な音を出し、ドラムス・ソロと聴きまがうような魅力的な演奏を見せてくれていたし、宴にはそぐわないような抒情性に富んだ曲だった。
四国電力がこういう商業性には恵まれないコンサートを継続して提供してくれているのは、実に嬉しく頼もしいところだが、当日会場の空調の音がいささか大きく気になったことや音響装置の不具合か途中で何度か大きなノイズが出たのは少々残念だった。
「ヤマさんのライブ備忘録」の扉へ
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