Arts Calendar/Art's Report site/《YAMAsan no Live_bibouroku》NIBUNIBU SUMMER FESTA

vol.72
'03. 8.26.    
NIBUNIBU SUMMER FESTA ニブンノゴ!高知ソロライブ!! 
会場:高知市文化プラザ「かるぽーと」大ホール

 高知で『トーメン団地』の名で人気を博していた頃には、その名を聞いていただけで彼らのステージを観たことがなかった。今回の公演は、吉本興業所属のお笑いトリオ『ニブンノゴ!』としての初の全国ツァーのなかでの、高知での凱旋ライブということらしい。新聞記事で、ふと眼にしたとき、お笑いライブには本当に久しく接していなくて、二十年くらい前に三笑亭笑三らの落語を聴いて以来ではないかと気づいた。そして、トリオものは今まで観たことがないことに思い至り、俄に観に行く気になった。1085席のホールで空席の具合がほとんど気にならない程度の入りを果たしているなかでの自由席なのに、幸運にも一階席の前から二列目、中央右寄りの良席を得て、期待以上の楽しいひとときを過ごすことができた。
 何の予備知識もなかったので、掛け合い漫才なり漫談のようなものを漠然と想定していたら、きちんとしたコントを演じて笑わせてくれたので、想外に嬉しい気分になった。最初の登場での舞台挨拶には、三人ともにどこか強ばりのようなものが感じられたが、凱旋ライブとしての緊張があったのかもしれない。それも練習を重ねたネタを演じる段になると忽ちほぐれたように感じられたから、やはりプロの芸人だけのことはある。そういう意味でも、ショートコントから始めた構成が当を得ていたのだろう。

 メンバー三人のキャラ立ちがきちんと確立しているのがいい。トリオとしてのリーダーでもあるらしい宮地謙典が、コントにおいてもリード役をきっちりとこなしていき、ぶれてしまうことがほとんどなく、“才気とセンスを感じさせる森本英樹”の笑いと、それと好対照をなす“キャラで笑わせる大川知英”の存在をともに巧く引き立てている。ある意味では、笑いを取ること以上に笑いを引き立て、そこに繋いでいくリードの話芸のほうがむずかしいのではないかという気がするのだが、宮地を観ていると、その言葉の流れやリズムが常に流暢に展開に乗っかっていたとも限らず、却って生ものならではの息づきを感じたりした。スベりもないかわりにアタりもない故に、その話芸のむずかしさには奥の深さがあるような気がする。今回初めてライブで接するまで、あまり考えたこともなかったことに気づかせてもらったと思う。そして、口調、語調、身のこなし、いずれにおいても豊かな才気とセンスを感じさせてくれるのが森本だ。いきおい舞台では一番目立っていたように思うが、それ以上に、ステージのトータルバランスを視野に入れているかのような、意識的な抑制なり節度のようなものが随時感じられたところに、大いに感心させられた。また、宮地と森本のキャラでは理と知に傾いたステージになりがちなところを大らかに包括して、柔らかに肩の力を抜いてくれる役回りが大川の果している最も重要な働きだったように思われるのだが、そうしてみると、このトリオがいかにそれぞれのキャラ立ちを生かして、バランスのいいアンサンブルを醸し出しているのかということに思い到る。
 しかし、僕が最も気に入ったのは、彼らのステージのアンサンブルのよさではなく、笑いの質が非常に爽やかだったことだ。コントゆえ演技や動作がたくさんあるわけだが、若さに任せたとも言うべき、かなり激しい動きをこなし、出ずっぱりではとてもやれない幕間を繋いでいた音楽の全編がサザン・オールスターズ・ナンバーだったことが、本当にぴったりくるような若くて爽やかなエネルギーに溢れていた。TVなどでよく見掛ける粗暴ネタや侮蔑ネタで笑いを取ろうとするような下劣さが、微塵も感じられないところがとてもいい。海の家コントのおならネタなどは、今どき下品のうちにも入らないし、反復のリズムや所作の間合いの可笑しさに上々のものがある。

 そして、彼らの笑いには随所に機知が潜んでいるのがいい。「男と女/男と女とレフェリー」とでも題すればいいのかと思うコントは、何の変哲もないように見える男女の折衝的な会話とそれに伴う動きまず見せておいて、再度そのまま繰り返す際にプロレスのレフェリーの所作とコメントを加えて見せて、先ほどの何の変哲もなく見えた男女のやり取りがリング上の戦いにも匹敵するような駆け引きと力関係によって成り立っていることを見せるアイデアで笑わせてくれるものだったが、動きや身体表現の大事さをきっちりと踏まえ、口先だけの言葉や表情、単純なポーズで決めることに留まらない創作意欲がないととても生まれてこないネタだと思う。それは、海の家コントや警察署のラジオ体操の可笑しさ、幕間の繋ぎに流したビデオ画像「棒術しりとり」の次第に込み上げ高まってくる可笑しさを生み出す言葉の呼吸についても、大いに関連性のあるところだと思う。この、笑いに対する王道的な真摯さが損なわれることなく、熟練が積み重なっていけば、相当たいしたところまで行けるのではないかと今後が更に楽しみになった。「損なわれないこと」というのが最もむずかしいことなのかもしれないけれど…。


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