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''08.11.12.
劇団民藝+無名塾『ドライビング ミス デイジー』(第275回例会)
県民文化ホール・オレンジ
映画の『ドライビング Miss デイジー』を観たとき、僕は、32歳だった。当時、
絶賛と言ってもいいような賞賛の声ばかりが聞こえてくるなかで、妙に違和感を覚
えた記憶がある。今回の舞台でもそうだったが、齢百歳近くになってなお、息子ブ
ーリーから親密感と共に「煮ても焼いても食えない人」と称されるデイジー奥様(奈
良岡朋子)の“素直さの欠けたひねくれ気味で高慢な性格”が、人物像として気に触
ってならなかったからだ。息子からも、黒人運転手ホーク(仲代達矢)からも、こよ
なく大らかに受容され丁重に保護される元教師のユダヤ人女性に、何か釈然としな
い割り切れなさを感じたものだった。
物語の始まる時点で既に72を数える歳だったのだから、観る側も敬老精神で臨
むべきなのだろうけど、何だかな〜と感じつつ、仮に敬老精神で臨むとするならば、
ホークだって同い年なんだから、デイジーだけがそれを享受するのは不均衡だし、
そこはそれ、ナイト精神で女性に対しては庇護的な眼差しで鷹揚に臨んでやらねば
ってことなら、そんなものを押し付けられても、ちょっと居心地が悪いよなと感じ
たものだ。
ただモーガン・フリーマンとジェシカ・タンディの演技の味わいと落ち着きのあ
る画面の端正さから、映画作品としては、上等の部類には属するのだろうとは思っ
た。だけど、他にも、もっともっといい映画があるのに、なぜ、この作品ばかりが
絶賛されるのだろうと不思議な気がしたものだった。
それが二十年近くも経って日本で舞台化されるのだから、少々驚く。確かに奈良
岡朋子の個性はデイジーを演じるに適している気がしたし、実際に観てみて流石と
納得したけれど、32歳のときに感じた居心地の悪さは、僕が歳を重ねて50にな
っていてもなお変ることのないものだった。よくよく僕は、敬老の精神や騎士道精
神を欠いているようだ(苦笑)。
舞台構成としては、やや細切れ感を催させる暗転の多さが気になった。
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