Arts Calendar/Art's Report site/《YAMAsan
no Live_bibouroku》0523
vol.130
'08. 5.23.
劇団文化座『天国までの百マイル』(第272回高知市民劇場例会)
県民文化ホール・オレンジ
ストーリーテラーとして支持され愛好される浅田次郎の紡ぐ物語には、巧みに乗せられ
ながらも、妙に喉越しの悪い物を併せて丸飲みさせられるような違和感を残してくるとこ
ろがあって、あまり僕は好んでいない。だから、十年くらい前に映画化された作品も観送
っていたのだが、今回、舞台版を観ながら、佐々木愛が演じている水島マリ[佐藤まりこ]
を映画で演じていたのは誰だろうと少し見当がつかない気分に見舞われていた。それくら
い眼前の舞台では、役者と役柄が一体になっている感じがあって、明瞭で朗々とした大き
く強い声と口調が醸し出しているマリの性格付けが味わい深く魅せられた。
帰宅後に調べてみると、映画では大竹しのぶだった。成る程のキャスティングだと合点
し、さぞかし巧みに演じていたのだろうなと想像しながら、でもそれなら、舞台で佐々木
愛のマリが見せてくれていた健気さや愛嬌、ある種の神々しさのほうが、きっと僕には合
っていたろうなとの思いが湧いた。
それにしても、とどのつまりは、バブルが弾けて自己破産し人生を諦め“生ける屍”の
ように過ごしていた男に、もう一度よく生きる力を得させようと母性・女性・妻性という
女の三性すべてから奮い立たせて貰う果報の愛を得た男の物語なわけで、女性の強さ偉大
さを賛美しながら、併せてその犠牲精神を賛美し強迫してくる視線の窺えるところが喉越
しの悪さだったように感じる。
曽我医師(鳴海宏明)から聞かされた「私の生き死にはどうでもいいのだけれど、あの
子をもう一度生かすために、どうか私の命を助けてください」という母きぬ江(有賀ひろ
み)の安男(米山実)に向けられた“母性”は、成功と安定の獲得と共に薄情に向かって
いる他の息子娘に対しても「貧乏の記憶をなかったものにしたい思いがそうさせるんだろ
うし、それは、今あの子たちが幸せになっている証拠なのだから嬉しいんだよ」といった
言葉で示されていた。一切の面倒を自分がみる心底惚れた男だからこそ、その幸せを願っ
て、いつまでもは引き留めずに別れた妻との復縁の膳立てを調えて送り出すマリの“女性”
や、子供たちの願いだからと復縁を求め男に生き直す甲斐を与える英子(阿部敦子)の“
妻性”にしても、えらく男にとっては都合のいい話で、観ている僕が男なものだから、そ
の運びにそのまま乗っかるのは少々気恥ずかしく、みっともない気分にもさせられるよう
なところがある。ちょっと映画『嫌われ松子の一生』に感じたものに近い聖女化を想起し
たりもして気になった。
「ヤマさんのライブ備忘録」の扉へ
無断転載禁止 掲載:アーク編集室