Arts Calendar/Art's Report site/《YAMAsan no Live_bibouroku》4.25


vol.143

'09. 4.25. 
演劇センター'90 第52回公演『狙撃者 大河原丈の一日』
新薫的座

 芝居の台本としては、随分と甘いところがあるように思うけれども、役者の演技がそれを補って余りある気がしたから、地元のアマチュア劇団の公演としては、大したものだと思った。
 高橋いさをの『逃亡者たちの家』は2003年の芝居らしいが、ちょうど裁判員制度が始まる今の時期に適ったエンディングが印象に残った。暗殺を果たし損ねて捕まった有能な殺し屋 大河原丈(谷山圭一郎)の弁護に付いた国選弁護人(岡村慎司)の善悪の自問に悩む最後の台詞を聞きながら、裁判所が負うべきは、善悪の判断ではなく、あくまで有罪無罪が基本であるべきことを改めて思った。善人か悪人かなどということは、およそ定まったものとしてあるものではなく、人が人に対して断を下すようなことではない気がする。ところが、近頃のメディア、特に報道バラエティなどのテレビを通じた犯罪報道では、犯人や被疑者に対する人物評定のほうに軸足を置いた切り口による視聴率稼ぎに走る傾向が強く、犯罪についての所感と刑罰判断とを混濁させてしまうことを促していて、常々危うさを感じていたから、余計に興味深く感じられたのだろう。

 それにしても、谷山圭一郎が大河原そのものに見えて実によく、感心させられた。僕の観た演劇センター'90公演の『もやしの唄』『ら抜きの殺意』で演じた役柄にも通じるところのある人物像だが、表には出さないながらも現れ出ずにいられないものとしての“人の好さ”や“人間的温かみ”を備えたキャラクターを体現していたように思う。まるで当て書き台本のように感じたくらいだった。

 場面としては、懺悔室でシスター(帆足由美)に成りすまして、堂下耕介(刈谷隆介)の妻(山北美砂子)に赦しを与える告解の場面がなかなかよかった。


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