Arts Calendar/Art's Report site/《YAMAsan
no Live_bibouroku》5.3-5
vol.144
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09. 5.3〜5. 演劇祭運営事務局からの依頼で三日間15作品を観劇して講評する講師の一人を担うことになったが、ほとんど休みもなく6時間近く芝居を観て、演目が終わるごとにステージに立ち並ぶ演劇部員を前にして、運ばれたマイクを手に立って客席からその場でコメントを出すというのは、思った以上に厳しい作業だった。 初日に観た5作品のなかでは、高知追手前高校演劇部の『夏芙蓉』が一頭地抜きん出ていたように思う。仲良しの四人組で交通事故に遭って唯一人生きながらえた千鶴(坂本沙也香)が、卒業式の日の夜に、亡くした三人の友を偲ぶ芝居だったのだが、深夜の教室で亡き友たち三人と過ごしている場面でのそれぞれのキャラクター造形がしっかりしていて、各自の台詞が明瞭な声とリズム・間合いのよさによって活き活きと伝わってきていた。三人の友人が千鶴の偲ぶ想いの導き出した幻だったと判明したときに、彼女の喪失感の強さがうまく伝わってきたのは、それゆえだったように思う。自然な会話さながらに声の被り合いもありながら、台詞がしっかり聴こえてきていたことに感心した。 だからこそ、夜を明かし、千鶴の所在を探して学校に出て来た蓮美先生(松岡麻衣)との対話の後に、再び舞子(高橋希実)の幻と出会いながらも、今度は彼女の声が聞こえないでいる千鶴の姿の痛切と、再度の呼び掛けに舞子の声が再び聞こえるようになる場面が、感銘深く心に沁みてきたのだろう。前夜、千鶴に聞こえていた声と一度届かなくなってから戻ってきた声では、彼女のなかできっと意味が違っていることを感受させるだけの力が宿っていたような気がする。なかなかいい舞台だった。とりわけ舞子を演じた高橋希実が目を惹いた。 最初に観た山田高校演劇部の『幽霊と嘘とアルコール』は、タイトルの幽霊が矢島恵美(中村唯)で、嘘が山崎(吉永憲一)、アルコールが米山(萩野日和)なのだろうが、芝居のなかに占める位置が、山崎>米山>矢島となるべきところが、ちょうどその反対になってしまっているように感じられたのが残念なところで、幽霊ものかとの印象が強くなって、芝居自体が持っているはずの骨格が、僕には上手く伝わってこなかった。もし、そこのところが効いてくると、この芝居には、内田けんじ監督の秀作映画『運命じゃない人』の宮田と神田の関 春野高校演劇部の『葵上』は、初日に観た6作品のなかで唯一、照明や音楽、衣装や装置にきちんとした配慮が施されている舞台だったように思ったが、葵(中島衣麻)の横たわるベッドは、客席に足を向ける配置ではなく、横向けに置くことで康子(仙頭沙也加)と光(炭田洋輔)が寄り添うヨットデッキとの違いを鮮明にしたほうがいいように感じた。また、プログラムでは女生徒が演じることになっていた看護婦役を男子生徒が演じたうえに、台詞回しに凄みがあったことで、かなり不気味な怖さが漂っていたのだが、そのことが、際立つべき 岡豊高校演劇部の『3days〜演劇部員達の日常〜』と高知東高校演劇部の『何も思いつかない』は、両作共に、演劇部で創作台本を書こうとしながら、なかなか書けずに切羽詰ってくる部員達の姿を芝居にしたものだった。演劇部の生徒たちにとっては、非常に卑近で共有しやすい主題である一方、僕のように演劇部に在籍したことのない者にとっては、ちょっと楽屋落ちというか、内に閉じた題材にように映ってくるところが無きにしも非ずだった。表現手法としても、共にある種の自嘲というか、自虐ネタが仕込まれていて、笑いを取りに来るような部分がありつつ、そこのところを楽しんでいる風情が窺えたように思う。 高知東高校の舞台では、第2場の照明(たぶんミスだと思われる)が回復するのが遅れに遅れたのが気になった。台本作りの難しさが滲み出ているような台本だったことに対しては、必ずしも褒められたものではない部分も感じるが、“演劇部員たちの日常”ということでは、岡豊高校作品以上作品以上だったと言えるかもしれない。ただ、その“日常”が興味を惹かれるものだったかどうかを問われたならば、岡豊高校作品のほうがまだしもメリハリが利いていたように思う。 二日目は6作品もあったが、なかなか観応えのあるステージがあって満足した。高知中学・高知工業高校演劇部の合同公演作品『夢現-YUMEUTUTU-』のことだ。
二日目の最初に観た高知西高校演劇部の『見えない砂』は、演劇部員関係者の書いた創作劇のようだが、三人の役者の演技の充実が功を奏して、なかなかの力作との印象を残してくれている。なかでも母を演じた坂倉夏奈が目を惹いたが、最後にはアカネを放棄してユキとして生きることを選択したようにも映るエンディングには少々やりきれない思いを抱いた。 県立安芸高校演劇部の『遥か遠くに感じるヒト〜ゴトーを待たせながら〜』は、劇中にあった「人生の大半は意味のないお喋りに費やされる。そこに、意味を見つけるのが人生だ。」という台詞の“人生”をまさしく“演劇”に置き換えたような内容の芝居だった気がする。 高知丸の内高校演劇部の『ドリームショップへようこそ!』は、今時流行の詐欺商法からすれば、あながち非現実的とも言えないところが些か情けない御粗末ショップを舞台にした物語だったが、そのドリーム商法の馬鹿馬鹿しさからすれば、ステージでもっともっと遊んで演じる必要のある作品だった気がする。オーバーアクトなくらいに台詞にメリハリをつけて、観客を呆れさすようなパワーを発揮して欲しかったように思う。それにしても、どうしてこの台本を彼女たちは選んだのだろうと少々不可思議だった。 土佐高校演劇部の『サイケデリック・B・P!』は、『夢現-YUMEUTUTU-』同様に中学生二人を交えた五人劇だったが、やはり芝居というのは、五人くらいは登場人物数の欲しいものだと改めて思った。そして、安普請であろうと装置や衣装はそれなりに構えて目を楽しませてくれることも演劇の重要な要素であることを改めて思った。台本決めで手間取っていては、とても道具や衣装にまで手が回らないというのが実情かもしれないが、たわいなくとも小道具が繰り出されてくると、それだけで楽しいものだ。加えて、演じている演劇部員達が楽しそうにやっている感じが伝わってきて好もしかった。台本的には、宇宙船であることの必要性が全く感じられない話だったことと、ずっと台詞なしで通すはずはないと踏んでいたグリーン(岡本真由子)が初めて口にする言葉にはそれなりの重要度が与えられていると思っていたのがすっかり肩透かしを食らったことに、苦笑を誘われた。サイケ(大谷志帆)の活発に動き回るヒールの音が高くて、台詞が聞き取りにくかったのが残念だったが、声の聞き取りにくさは、そのせいばかりでもないように感じた。だが、ラストシーンのストップモーションは、なかなか鮮やかだった。 二日目の最終演目は、高岡高校演劇部の『真白の朝の連想ゲーム09春』。他校の出演者数からすると、2〜3倍とも言える9人がダブルないしトリプルで役を担う贅沢さが、必ずしも舞台上の賑やかさに繋がってはいなかったように思うが、時代性や社会性を意識せずには演じられないような台本に高校生が取り組むことは、とても意義深いことだと思う。ただ、まさしくタイトルどおり“連想”に妙味のある芝居なのだろうから、それからすれば、シーンとシーンの繋ぎがもう少しスムーズに展開されると良かったのにと思わずにはいられないところがあった。また、音出しが強すぎて台詞が聴き取りにくい場面が多く、ボリュームの強弱設定が舞台の進行と上手く同調しているとは言えないところがあったのも残念だった。 最終日は4作品ながら、生徒たちによる審査講評委員会での協議を経たステージでの講評に我々講師からのコメントを交えた成績発表を行なったが、表彰式や閉会式もあるために、三日間のうちでは最も早い昼前からの始まりだった。 午前中に観た土佐女子高校演劇部の『はーとびーと』は、イジメにまつわる心の問題に取り組んだ作品で、脚本も2年生部員による創作脚本だったようだ。自身もイジメを体験したなかで、イジメに遭って傷ついてしまうような弱い心を捨て、生きながらにしてロボットのようになれる施術法を開発研究している博士(小島亜子)という興味深い人物造形が企図されていた。自身への人体実験を経て、心を失うことと心を取り戻すことの両方を経験したうえでなお、心を奪う施術開発への執着を抱いているのは何故なのか、あるいは、心を失った様子と心が戻ってくる様子の対照の描出の不足など、消化不足の点も見られたが、なかなかの意欲作だった。「この世の全ての負の側面は“妬み”から来ている」といった含蓄のある台詞もあったので、ここのところをもっと掘り下げて欲しかったようにも思った。
昼食休憩後に演じられたのは、高知南中高校演劇部による『DREAMS Come True』。進路問題に直面している高三生の仲良し三人組と二十歳を迎えた先輩二人の五人娘が集まったある日の会話を描いた作品で、彼女らの等身大の日常の様子が描かれていた。仲良し組の溜まり場にもなっている、いかにも女の子の部屋らしい散らかり方と小物の並びようが実際的に感じられるセットがよく出来ていたような気がする。誰も注意を払ってくれないなか、直(尾崎由)が「耳が…耳が…」と芋虫のように這い回り続けているのが妙にアホくさく可笑しかったのだが、あの年頃にはいかにもいそうな愛すべきキャラがよく出ていたように思う。 中村中高校演劇部の『流れ星・・・みえた!』は、作り手のやりたいこと、やろうとしていることが、非常に明確できちんと伝わってくる感じが心地よい舞台だった。まさに度々背景に映し出された星空のようにキレイないい話だったが、陳腐と言えば陳腐極まりない筋立てだ。けれども、それを舞台に現出させて見せることで初めて生み出せるものをきちんと獲得していたように思う。透(中村友梨南)と恭子(新里晏奈)を演じた二人が劇中人物になりきっていて、とても自然に素直に見ることができた。友達にも恵まれず孤独な少年にとっては、自分の大好きな天体観測に興味を示してくれるばかりか、翌日には忽ちのうちに星座の名前や位置、逸話などを覚えてきてくれたことが格別の喜びをもたらしてくれたろうことは想像に難くない。だから、透が恭子に心惹かれるのは、とてもわかりやすかったのだが、恭子が透に関心を寄せ、接近した理由が判然としなかった。病魔に冒されている恭子は、透の負っている孤独の影と風変わりさに惹かれたのかもしれないとは思うものの、納得感にまでは至らない。だが、そういった疑念を追い遣って不問にしてしまうような恭子の魅力的なキャラクター造形が、うまく果たされていたように思う。透の吃音症の克服には何の役にも立たない医者たちの無理解・無力を際立たせる場面の、素っ頓狂なまでの過剰演技の狙っているところも、きちんと伝わってきた。透の吃音症克服がそうだったように、男の子の成長の原動力が女の子の存在であるのは、不変の真理なのだとの思いを与えつつ、離れた場所で二人が同じ流れ星を同時に目撃する場面で終わるエンディングが心地よさを残してくれる舞台だった。 高知学芸高校演劇部の『ブルースカイハイスクール』は、ブルースカイの意味するブルーが“青”と言うよりは、まさに“憂鬱”であるかのようなハイスクールライフのなかで、彼らが感じていると思しき“もどかしさ”を主題にしている芝居だという気がしたが、そのことを表現するうえで、芝居自体をもどかしいものに仕立てるのは、一つの手法かなと思いつつも、少々不満が残った。音響バランスが乱暴で、音出しが強すぎて台詞の聞き取りにくい場面が多々あったことも残念だった。 15公演を観終えて、講師二人で選んだ優秀賞三作品は、追手前高校『夏芙蓉』、高知高校+高知工業高校『夢現-YUMEUTUTU-』、中村高校『流れ星・・・みえた!』。五月賞として、西高校の『見えない砂』と土佐女子高校の『はーとびーと』に、創作脚本奨励賞との意味合いでの授賞を決めた。生徒による講評委員会で支持を集めた作品の一位は『夏芙蓉』で、次に『夢現-YUMEUTUTU-』と『はーとびーと』が同票で並び、続いて『何も思いつかない』。 |
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