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'10.9.15
ウィーンの森バーデン市劇場『ラ・ボエーム』
高知市文化プラザかるぽーと大ホール
この名高い作品を初めて観て思ったのは、パリに暮らす詩人・画家・哲学者・音楽家といったボヘミアンを描いたイタリアオペラがターゲットにしていた客層は、いったい誰だったのだろうということだった。映画『世界の中心で愛をさけぶ』ばりのベタな恋愛劇だ。同じように、病に倒れたヒロインたるミミ(エステファニア・ペルドモ)が恋しい男ロドルフォ(アルティオム・コロッコフ)の元に抜け出してきて、彼の腕のなかで死に行く物語を観ながら、そのクライマックスの音楽の余りにものベタさ加減に、プッチーニの時代には、オペラにも意外と若者が訪れていたのかもしれないと思った。
唖然としたのは、いくら「貧しい自分と暮らしていては病気を治せないから」という最近の邪険の理由が明かされたからといって、元のお針子生活で刺繍をして暮らすなどと歌って円満に別れていた第三幕の最後の場面だった。せめて、先に子爵の存在が登場していないと、この別れは随分な仕打ちという他なく、物語的には、とても二人で抱きあって別れを惜しむことにはならない気がした。貧乏画家のマルチェロ(クルム・ガラボフ)への想いから金持ちのパトロンの元を去り諍いながらも二人で暮らすムゼッタ(ペトラ・ハルパーケニク)とは逆に、恋人と別れて金持ちのパトロンを探すことを選んだミミたちの対置を意識しているのであろう男女四人の四重唱を聴きながらも、二年前に観た同じバーデン市劇場による歌劇『リゴレット』で味わったようなオペラマジックには見舞われなかったということだ。また、六年前に観た同じバーデン市劇場による『コシ・ファン・トゥッテ』と比べても、歌曲の妙味では比較にならないとも思ったのだが、それは、ヴェルディやモーツァルトとプッチーニの差なのか、妙に歌と音楽が合ってなくてチグハグに聞こえた今回のオーケストラと歌手のせいなのかは、初見の僕には判じにくいところながら、僕のなかでは『ラ・ボエーム』は、『リゴレット』や『コシ・ファン・トゥッテ』ほどの作品ではないということになってしまった。
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