Arts Calendar/Art's Report site/《YAMAsan no Live_bibouroku》11.20.


vol.173

'11.11.20.

劇団シアターホリック第16回公演
『ザ・グレートガールズ・スタンダッププリーズ』

会場:グラフィティ蛸蔵

 入場の際に受付で渡されたアンケート用紙やチラシに混じって劇団主宰の松島寛和による手書きのメッセージが挟まれていて、そのなかに「高校の頃…自分の身辺から浮びあがる日常と非日常を作品にしたいと考えるようになった…」との回想が記されていたけれども、ミナトノ用高などというフザケた筆名で芝居を書いていたものの、定職にも就かずバイトで繋ぎながら続けていた演劇活動が、主宰する劇団も解散して挫折しかかっている男(松島寛和)が、人生の思わぬ拾いものをする物語のなかに、それなりの歳月を過ごしてきた者なればこそ醸し出せる味があって、思いのほか感じ入るところが多かった。

 人生の思わぬ拾いものとは無論、公園のベンチ脇に倒れていた奈々(林 幸恵)のことではなく、最後に彼女の妹の恵美(山田紫織)が伝えてくれた言葉だったのだが、大学時分に文芸サークルで物書きをしていた僕にも似たような思い出があり、期せずして寄せられた思惑抜きの賛辞のもたらしてくれる喜びのことを思い出したが、ミナトノの場合、重ねた歳月と挫折の経過からして、僕の味わった感慨とは比べるべくもないものがあろうことは想像に難くない。なかなかいいエンディングだったように思う。

 そして、ベートーヴェンのピアノソナタ『悲愴』第2楽章の響きのなかで踊る奈々がドラゴンボールZの悟空が繰り出す元気玉のポーズのような動きとともに見せていた笑顔がとても印象的だった。終始うつ向き加減で暗かった彼女は、二年前(だったかな?)に恋人を事故で亡くし、その傷心から見舞われた摂食障害と引き篭り気味の状態から抜け出せずに妹のもとで暮らしていたのだが、妹が“師匠”と呼び想いを寄せる男だとは知らずに付き合い始めたミナトノと過ごした時間を踊りだけで表現し、喜びの時以上の苦悩に見舞われ、遂には精神病院に入院するに至る経過を一切のエピソード抜きで処理し、行間に追いやったことがドラマの膨らみに繋がっていたような気がする。

 姉妹の住む地を去る日に、密かに仕上げた台本を渡すために呼び出した恵美の言っていた「着信拒否にされたのは“師匠”が初めてだった」との台詞が効いていて、奈々の病状悪化による入院が、先の踊りによって表現されていた苦悩のものたらしたものであることが窺えた。おそらくそれは、奈々の苦悩を癒せぬミナトノにも訪れていた苦悩であって、恵美だけがその間の事情を知らずにいたのではなかろうか。「一生懸命、まじめに頑張っているのに、何もかも悪いほうに向かう」と零していた恵美の嘆きは、ある種、人生に付き物のことかもしれないけれども、そして、年嵩の分、恵美以上にミナトノのほうが余計に見舞われているものかもしれないけれども、最後に彼が思わぬ拾いものに感激したようなことが起こるのもまた人生であり、それは彼が芝居にも恵美にも奈々にも“一生懸命、まじめに頑張って”向かい合ってきたからこそ訪れたもののように僕の目には映った。

 ミナトノと恵美、奈々の距離感と付き合いの描き方に現実感が宿っていて感心した。ある種の女性というものがとてもよく描けているように感じた。自分の過ぎし日のことを想起させられ苦笑したり、懐かしんだり、もうあんな面倒な神経戦はシンドイなどと思ったり、響いてくるものがたくさんあった。

 それにしても、ダウンタウンブギウギバンドや具志堅用高、由紀さおりの『手紙』とかいうのは、僕の同時代のものであって作・演出の松島寛和とは世代的にはズレているような気がするのだが、彼はいったい何歳なのだろう。


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