Arts Calendar/Art's Report site/《YAMAsan no Live_bibouroku》'17. 9.15.


vol.292

'17. 9.15.

劇団朋友公演 『吾輩はウツである』(高知市民劇場第328回例会)

会場:高知市文化プラザかるぽーと大ホール


 藤村操の話を亡父から聞いたのは僕が中学生の時分だったと思うが、あのとき親父は何を思って僕に、その死が彼の遺した言葉と同じく「不可解」な青年の話をしたのだろう。漱石がまだ漱石となる前の教師だった時分に、彼を漱石へと育んでいった人たちの物語を観ながら、懐かしく思い出した。

 夏目金之助先生(芦田昌太郎)は、かなり厄介な人物なのだが、回りにいた人たちに恵まれていたというふうに描かれていた気がする。なかでもやはり妻の鏡子(荘田由紀)の人物造形が魅力的だった。夫を夫として立て労わりつつも、節々では全く引けを取らない五分の立ち位置が見事で、見合いの席で初めて会った際に夏目金之助が気に入った理由そのままの女性だった。

 まだ名前のない“吾輩”猫(今本洋子)と金之助の対話が味わい深くて面白かったが、とりわけ、辞意の慰留に訪れた井上学長(小島敏彦)が帰った後に交わした対話が良かった。藤村の自死を気に病む金之助に対して放った「出来ることをしないのが無責任であって、出来もしないことを何様のつもりで負おうとするのか」との猫の一喝は痛烈だった。そして、忘れてしまえと語った猫に対して、後の場面で、「決して忘れはしない」と金之助が語る場面を構えていたところがいい。清ならぬ女中のてる(西海真理)の存在もなかなか利いていた気がする。



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