Arts Calendar/Art's Report site/《YAMAsan no Live_bibouroku》Gendai_Ongaku
vol.25
'00. 6. 1.
アルディッティ弦楽四重奏団〜20世紀を弾く〜
会場:高知県立美術館ホール
現代音楽というと、音の構成や音色も含めて、楽器本来のものとは異なる耳慣れない響きが珍しくはあるけれど、その音にはどこか暴力的なイメージがあって、ある意味では、それゆえにこそ現代という時代を反映している音楽だという気がしていた。耳慣れない響きという点では、この夜、演奏された四曲は四曲とも、まさしく現代音楽だ。しかし、暴力的なイメージはどこにもなくて、初めのうち、現代音楽がこんなに聴きやすかったとは、といささか驚いていた。
オープニングの武満徹作曲「ア・ウェイ・ア・ローン〜弦楽四重奏のための(1980)」では、映画音楽などでも比較的馴染みのある武満らしいフレーズが、現代を象徴しているかのような不安の感情を引き出してくれる。だが、不安と同時に武満の音楽は、何処か深いところに降り立っていった先にある穏やかさというものとそれに対する陶酔感を誘発してくれるようにも思っていた。しかし、この陶酔感の部分がある種の癖にもなっていて、演奏によっては鼻についたりもするのだが、こんなにも上品で違和感を抱かせることのない演奏に出会ったのは、初めてだという気がする。それは二曲目のバルトーク作曲「弦楽四重奏曲第3番(1927)」についても同様で、おかげで充分満足していたし、三曲目のヤナーチェク作曲「弦楽四重奏曲第1番クロイツェル・ソナタ(1923)」では、いかにも現代音楽的な響きに満ちているのに、情緒的なフレーズが溢れんばかりに展開していて、こんな現代音楽もあったのかと実に新鮮な気分で楽しんでいた。
しかし、何と言っても圧巻は、最後のシュニトケ作曲「弦楽四重奏曲第2番(1980)」だった。この夜の四曲の演奏のなかでも、群を抜く素晴らしさだ。冒頭からずっと、これが本当にヴァイオリンとヴィオラとチェロの音かと思えるほど、耳に馴染みのある響きのほうがほとんど聞こえてこないという驚異的な曲であり、演奏だった。しかもそれが、いわゆる珍しい変な音だというふうには全く聞こえてこないのだ。弦楽器が持っている本来の音色であるかのような安定感と豊かな音楽性のなかで、音の構成だけが実にスリリングに展開していく。耳覚えの少ない響きを幾種類も繰り出すことだけでも驚きなのに、その音色をこれだけの安定感と豊かさで続けられることに度肝を抜かれ、圧倒されていた。それでもまだ、弦楽器の響きの範疇を超えるものではなかったのだが、第2楽章(?) では、激しい音のうねりのなかで管楽器の音色に近い響きを耳にして驚愕させられた。さらにはピアノに近い響きや果てはパイプオルガンかとも思わせる響きまで繰り広げる。これが本当にわずか四本の弦楽器で演奏している曲なのだろうか、いったいどうやって出している音なのだろう、と我が目と耳を疑いながら、言い知れぬ興奮に包まれた。これまでの三曲の演奏とは比べるべくもない音の厚みに、人間業とは思えないものを感じた。前半の演奏後の休憩時に彼らの演奏について音の厚みと評する声を聞いて、現代音楽らしくない聴きやすさとか上品さなら解るけど、厚み? と内心思ったのだが、この曲に至って初めて納得した。音色の多種多様の後には、音の数でも驚かされた。弓で弾きながら、指で弾く演奏が短い間だけでなく、延々と続く。二本×四人のわずか八本の手で出している音だとは、とても思えない。しかも、どんな技法を駆使しようが、いささかも乱れない音の安定感とアンサンブルの完璧さ。現代音楽とは、そうか、こういうことだったのかと“耳から鱗”のような体験だった。
すなわち、楽器と技法の可能性の限界を追求している音楽だということに初めて納得と共感を抱くことができたのだ。それは、この驚きに満ちた新鮮な響きが全て紛れもない音楽として聞こえてきたからに他ならない。ここに至って、前述した「楽器本来のものとは異なる耳慣れない響き」の“本来”というのが実に狭量なる思い込みに過ぎないことを知らされた気がした。そして、現代音楽の響きのなかに暴力性を感じ取って、それを時代性の反映だと安直に納得していた不明を恥じる気持ちにもなった。作曲家が可能性を極限まで追求し得た楽曲であればあるほど、それに応え得る演奏家が希有のものとなってくるのは、言わば宿命だ。演奏家が技術的に到らぬゆえに生じた暴力性を楽曲自体のなかに潜む暴力性と混同していたことが多々あったのではないか。このように見事な演奏で聴くと、弦楽四重奏の可能性というものについての作曲家シュニトケの想像力と創造力に対し、おのずと敬意が湧いてくる。それは、楽曲に対して完璧な造形力でもって応え得る演奏家の存在があって初めて成立することだ。そういう意味では、現代音楽の立っている地平は極めて急峻で、実に厳しいものがあるのに違いない。
「ヤマさんのライブ備忘録」の扉へ
無断転載禁止 掲載:アーク編集室