Arts Calendar/Art's Report site/《YAMAsan no Live_bibouroku》Jyan&Yean Duo concert
vol.20
高知県立美術館民族音楽シリーズ
'99. 8.27.
姜建華・楊宝元 デュオコンサート
会場:高知県立県立美術館ホール
二胡という胡弓の演奏自体は初めて聴くものではなかったが、詰まったような篭もったような、それでいてよく通る音として、力強く押し出されるようにして鳴り響く音色には、独特の味わいと魅力がある。演奏に際しては、いかにも筋力が要求される楽器だ。わずかに二本の弦しかなく、しかも単音でしか音を出せない楽器とは思えないほど、多彩な音と響きを奏でて驚かされた。しかし、基本的には素朴な楽器であることが、シューマンの“トロイメライ”やブラームスの“ハンガリー舞曲第5番”の演奏によって際立つことにもなった。こんな素朴な楽器でもここまでやれるのかと感心させられはしても、馴染みの曲ゆえの耳に覚えのある響きからすれば、音楽的にはいかにも物足りない。改めてヴァイオリンなどの西洋弦楽器の完成度の高さを想起させられた。二胡にしても中国琵琶にしても哀調を帯びた響きに際立つ魅力があり、西洋音楽の演奏に際してはその点を充分に考慮した選曲がなされていたにもかかわらず、楽器と楽曲がぴったりとは合わない。そこには、西洋と中国の音楽性の違いのようなものがあるような気がした。
西洋音楽には大なり小なり、音楽というある種のイデアに向かった昇華を目指す観念性への志向があるような気がする。ある種の高みを志すそのスタイルは、西洋音楽というものがキリスト教を背景に神の声として発達してきた一面を歴史的に有していることとも関係しているのかもしれない。一方で、中国楽器は他のほとんどの土地においてそうであるように民俗楽器であり、そこでは音楽などという観念よりも、歌や曲として自然や動物の生態、人間の感情などを描写して楽しむ習俗として発達してきたのではないかという違いが感じられた。馬のいななきや剣や鎧のぶつかる合戦の音、雁の羽ばたきや鳴き声など、卓抜した技術で見事な擬音効果を折り混ぜた楽曲は、さながら抽象絵画と具象絵画の違いにも似た対比を想起させる。
その点では、日本の歌を演奏すると、そういった違和感がまったくない。日本の楽器の音もまた素朴な響きだということもあるし、底流にある「あはれ」や「かなし」といった日本的情緒が二胡や中国琵琶の響きとよく合うのかもしれない。この夜の演奏では“村まつり”が秀逸であった。まさしく祭りの賑わい、ざわめきといったものが音として折り込まれていて驚かされた。
しかし、終始感心させられたのは、メインの姜建華[ジャン・ジェンホワ] の二胡の演奏ではなくて、楊宝元[ヤン・パオウェン]の中国琵琶の演奏であった。四弦の琵琶で実に細かくイマジネーション豊かな演奏を繰り広げ、姜建華のいささかケレン味の強すぎる演奏スタイルと好対照を描いて、控えめながらも実にシブくて品位の高い見事な演奏だった。とりわけソロで奏でた“平沙落雁”は絶品で、さまざまな雁の様子がまさしく目に浮かぶようであった。音の響きとしても、あるときは三味線を偲ばせるような音をだし、あるときはマンドリン、またあるときは琴、胴体を叩いて小気味のいい音を出したり、表現的にも技巧的にも瞠目させられたのだが、そこにいささかのケレン味もないのが何ともカッコよい。
派手で自己主張が強く、自分中心だけれど、溌剌と輝き活力溢れる女性とそれを柔らかく受け止め、確かな実力と抱擁力のもたらす余裕で、女性の輝きと活力を助長し、享受できる男性という実に見事なコンビネーションが、ステージの上だけに留まるものではないと思えるくらい、ぴったりと嵌まっていた。
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