Arts Calendar/Art's Report site/《YAMAsan no Live_bibouroku》SALT

vol.29

高知県立美術館舞台公演シリーズ

'99.11.23.    
ラ・ラ・ラ・ヒューマン・ステップス公演 “SALT” 


 楽しみにしていた公演だったが、やや体調が悪く、充分集中して鑑賞できなかった残念さが残っている。しかし、超人的なダンス技術には圧倒された。あれだけの細かく激しい動きを切れ味の良いスピード感としなやかな強靭さでもって、一時間あまり踊り続けるのは、人間の身体能力から言って奇跡に近いのではないかと思うほどだ。しかも、ほとんど完璧と言っていいほどにブレのない安定感と正確さである。四肢の隅々にまで不断に“力と気”を行き渡らせていることがひしひしと伝わってくる。人間の肉体の動きが、かくも凛として美しいとは、感嘆するほかない。静かで激しい彼らのダンスを高いテンションのままでステージ上に維持するうえでは、構成的にも工夫がしてあって、たんにダンサーを交替させていくだけではない。スポットライトでステージの上に円形の光の舞台をしつらえて、そこで踊るわけだが、一括りの踊りが終わると、次のダンスに移るためには別のスポットライトによる光のなかへとポジションを変えるのだ。スタスタと歩いて移動し、息を整える。その間合いと呼吸がやたらとかっこよく、僕はブルース・リーのクンフー映画のアクションのシーンを思い起こした。
 かの映画では、激しい突きと蹴りを、目を見張るスピード感で繰り広げるなかで、リーが蹴りをくらってふっ飛ぶ形で一括りのアクションの流れが切れる。そして、引き続いて再び激しい突きと蹴りのアクションに入るわけだが、その前には必ずと言っていいほど、スタスタと歩いてスタンディング・ポジションと構えを取り直す動きが入っていた。それが滅法かっこよかったことを覚えているのだが、彼らの足の運びが、その動き方と非常によく似ているような気がする。

 構成的な工夫によって多少は休みつつ踊るようにしているとはいっても、過激とも過酷とも言えるダンスを続けているのだから、時間を追ってダンサーたちの息遣いが荒さを増してくる。相当苦しくなってきているはずなのに、いささかも緩めず乱さず、黙々と踊り続ける姿には、ある種の崇高ささえ感じられる。そして、ある意味では繰り返しとも言えるパターンをストイックに続けることが、まるでラヴェルの作曲したボレロのように、次第にひたひたと押し寄せる迫力となって伝わってくるべきものだろうという気がした。だが、こちらがそのように受け止められるほどに集中力が持続しない体調だったので、そういった迫力を実感するには至らなかったわけで、そこには残念この上ないものがあった。

 ところで、具体的なダンスの動きのなかに髪を洗っている動作や顔を洗っている動作、化粧をしている動作やベンチで人待ちをしているような動作なんかがあったような気がするのだが、実際に着想をそういった動きから得ていたのだろうか。もし、そうだったとしたら、実にたいした洗練だと思う。        


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