Arts Calendar/column
2004年11月
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【コラム】 灰とダイヤモンド たまに朝のワイドショーをつけていると、奇妙なものが目に入る。そのとき「思い出をどう残すか」という街頭インタビューを前フリに、「形見」として紹介されたのが、黄色いダイヤモンド。色の薄いべっこう飴のかけらにも似ているが、透明感と輝きは確かにダイヤ。遺灰を固めて作ったものだという。もちろん焼いた骨は炭素だから圧縮すれば人工ダイヤができるはずだが、それを商売にした人がいる。死んだ人の骨片を口の中に入れる小説はあった。形見というよりも、相手を永遠に自分のものにするとか、傍に置き続けたいということだろうが、錬金術やオカルトっぽい匂いもする。骨のままなら気味悪いが、高価できれいな物なら大事にできる。だからこのダイヤは、人間の欲望と死を象徴しているのだろう。人により窒素含有量が違い色あいが異なるらしいが、生前の行いで色が変わると面白い。 04/11/01 志賀信夫 |
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【コラム】 銀座 勤務地が銀座に移転して半年。猛暑の最中はモグラのような昼休みを過ごしていましたが、ようやく銀座を楽しめるようになりました。1時間のお昼休みでもけっこうあちこち歩き回れます。いわゆる銀座というのは1丁目から8丁目。JR東京駅と有楽町の間くらいから新橋駅のちょっと手前までだから、山手線でちょうどひと駅。そして、その山手線(新幹線)ガード下から、歌舞伎座を越えて築地あたりまでが一方の軸と言えるでしょうか。山脈のような高速道路に囲まれた、ちょっと特別な土地のようにも思えます。やっぱり「四丁目の交差点」がどの方向からも中心になります。 04/11/08 WADA |
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【コラム】 ペットボトル コンビニに入って驚いた。見覚えのある鶏たちの姿が目に入る。まさかと思い近づくと、それはまぎれもない『群鶏図』、伊藤若冲ではないか。20年前に本物を見たときは、しばらく動けなかった。数年前、京都で大展覧会が開かれた。そして最近の森美術館のオープニングでは、若冲が目玉の一つになっていた。 千葉市美術館で曽我蕭白展が開かれ、大野一雄がその『柳下鬼女図』を踊ったことがある。その簫白とともに、1960年代に澁澤龍彦が紹介したのが始まりだが、なぜかここ数年急速に若冲人気が高まった。奇想の画家ともいわれるが、特に変わった題材を描くわけではない。細密に描写される動植物の徹底したリアリズム、その偏執と構図が奇妙な世界に引きずり込む。マニエリスムやアルチンボルドさえ連想させるマニアックな画家なのに、それが140円でコンビニ飲料の棚に収まっていた。これを見て、再びしばらく動けなかった。 有名なボルドーワイン、ムートン・ロートシルトの画家シリーズにはダリもウォーホールもある。だが、安っぽいお茶のボトルとなってコーラや缶コーヒーと並んでいるのは、悲しいが愉快でもある。金刀比羅宮では若冲の『花丸図』が125年振りに公開されている。仰々しい寺社仏閣にこのボトルを手に入っていくならば、それは楽しい光景ではないか。 いま使用済みペットボトルの争奪戦が起こっている。急速に発展する中国では、プラスチック原料として需要が増し、日本のゴミ捨場では、分別されたペットボトルを中国の業者が買い付けに走るという。近世の日本画は中国絵画の影響を大きく受け、多くの画家たちが模写で技術を磨いたが、若冲による虎の絵の模写も京都では展示されていた。その彼の群鶏図のボトルが、日本で消費され捨てられると中国に流れていく。これは美術と経済が絡み合う、奇妙なリサイクルなのかもしれない。 04/11/15 志賀 信夫 |
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【コラム】 オレオレ そんな手口の詐欺があるのかと知ってから、まだ1年たってないように思うのですが、「オレオレ詐欺」まだまだ猛威を振るっているようです。 04/11/22 WADA |
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【コラム】 失われた体 生き人形を知っているだろうか。江戸から明治にかけて見世物小屋などで使われた等身大の人形で、その興行は1日数千人を動員した。芝居の名場面などを人形と背景、いまでいうジオラマで再現し、弁士が語る。見世物人形だから頭と手足は精巧だが、着物を着せられる胴体は骨組だけが普通だった。だが映画の普及とともに廃れていく。京人形の技法を応用し、木を削り胡紛を塗って磨き人肌を作るが、実物の美しさは言葉にできない。 04/11/29 志賀 信夫 |
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