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【コラム】
方向音痴
私は方向音痴じゃない。と信じていたのだが、最近その自信が崩れてきた。私が迷わず歩くところと言えば地元の町、会社のある丸の内や銀座、旅行と言えばここしか行くところがない京都。これらに共通するのは、「碁盤の目の町」ということ。たとえ曲がる角を一つ間違えたとしても方向が合っていれば、いずれ目的地に着くことはまず間違いない。
「碁盤の目」じゃないところを歩くとしたら、駅の近くのランドマーク、ちょっと距離があるならタクシー、誰かに連れてってもらったり。だから無事に着いていた。
でも、初めて行く町の、分かりにくいところへ歩いていこうとした場合、一人でも誰かと一緒でもよく道に迷っていたなぁ。
私が道に迷う原因としては、生まれ育ったのが東西にきっちり敷かれた線路とその上に北口南口が真北・真南に向いた駅を中心にした町であるためだと思う。他の町でも道は必ず東西か南北にしか伸びていないと思っているのだ。だから、碁盤の目じゃない=斜めの道の存在に体がついていかないのか?と思う。頭の中には常に碁盤があるのだ。
最近、ある町に行くことが何度かあり、ギャラリーやライブハウスのそれぞれのホームページから地図をダウンロードした。駅から徒歩5分くらいの範囲内なのに、基準になる道が異なっているからか、同じ町と思えないくらい共通点のない地図が4枚。何人かに見せて、どれが正しいと思う?と意見を求めつつ、やはり道に迷ったのだった。その町には駅から延びるメインストリートがまずなくて、広い道も細い道も絡むのは90度でなく、更に十字路が少なく三叉路とか五叉路があったりする。碁盤の目の町には十字路しかないのだけど。角を曲がるというのは私にとっては直角に曲がるということだ。
「駅を出て最初の角を右に曲がって次を左、3番目の曲り角をもう一度右に曲がって」なんて言いながら歩いていると碁盤の目ならば、駅からどんどん離れていくはずなのに、実際は歩いた割には、駅から大して離れていなかったりする。それで、近道があるはず!と、示された道順ではなくて、頭の中の碁盤の上にだけある、存在しない道を探してしまう。結果、地図を読めることは読めるが、それを信じないことが迷う原因らしい。
TVの方向音痴検証によると、「正しくない地図」が「私は方向音痴」と思わせる大きな原因の一つだという。そうか今まで道に迷ったのは、正しくない地図のせいだったんだ。と安心。それが何度か重なると地図を信じなくなって勝手な道を作り出してしまうからだ。地図は絶対だと思うよね〜。あとは正しい地図かそうでないのか、見極める方法を教えて欲しい。
05/05/02 WADA
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