|
【コラム】
子供のころ、近所のちょっとした広場に、隣の市から移動図書館が来ていました。小型のバスを改造したような、今で言うならコーヒーやホットドッグを売っているような、献血か検診のような造作の車でした。車体の右側が子供の本、左側が大人の本。積んでいる本は、雨や埃が吹き込んでも「いまさら」と言えるような年季の入ったものがほとんどでした。
隣の市から来てもらうまでもなく、うちの市にだって大きな図書館はあったし、近所にはその分館もあり、小学校の図書館も移動図書館よりはずっとずっと新しく充実した蔵書であったはずです。そして隣の市よりも大規模な書店もいくつかありました。書物が貴重というような環境ではなかったのに。
たしか、月に一度、土曜日の午後にきていたと記憶しています。ちょっと乱暴に扱ったらバラけてしまいそうな本ばかりでしたけど、移動図書館がやってくるのは嬉しくて楽しいものでした。そのころから活字を眺めているだけで幸せな中毒者だったようです。
小学校の図書館にあるよりも、古くさい翻訳の少年少女世界の名作、なんていうのもそこで何冊も借りました。小学校の、買ってもらった本と比べてみて、訳によって本の印象はいろいろに変わっていくのだなぁと思ったりもしました。そう1ドル=350円。図書館から借りるちょっと古い本の中だけの、永遠のレートでした。(お話の舞台は20世紀初頭だろうが戦前だろうが1ドル=350円だったのでした)
「子供のための落語全集」なんていうシリーズを借りたのも移動図書館でした。読破すると司書(たぶん)兼運転手さんが翌月に新しい、ちょっと大人向けのシリーズや関連の本を持ってきてくれたりということもありました。そのころに知った落語は、今になってからあらゆるジャンルのドラマや映画で「この話って。。。」と思い当たるエピソードやストーリーとなって再会しています。その更にモトネタは、仏教の経典・説話で落語家の始祖はお坊さま、とそれらの本で知ったと思います。三つ子の魂百まで。まさに移動図書館から私の今の嗜好が形作られたと実感します。
左側の大人の本と右側の子供の本の中間の本に心惹かれる時期が移動図書館とのお別れでした。
ブラッドベリやダニエル・キイスに出会い、かといって直木賞や芥川賞は「まだ早い」と親や司書さんに止められる、そういう時期です。先輩や友達のお兄さんなどから借りる本によって、世界がどんどん広がっていくのがおもしろくてたまらなくなりました。
バスの左側の大人の本は、子供の本よりは時事性が高いようでしたが、それでも話題のベストセラーを大量購入した名残り、その辺の大人の事情も背表紙からわかるようになったけれど、私の読む本はまだここにはない。そして、ここには読みたい本がもうない。書物は与えられるものではなく、自ら求めていくものと変わってきたのです。小学校・中学校の卒業よりも、移動図書館からの卒業がいちばん自分の成長を誇らしく、そして別れを切なく思ったものだったかもしれません。
数年前、新聞の地方版で「最後の移動図書館お別れ」の記事を見けました。隣の市がずっと続けていた移動図書館の最後の巡回が終わったのです。うちの近所ではそれよりも早い時期にお別れの時を迎えたようでしたが、移動図書館は、他の場所にも本を運んでいのです。うちの近所に来ていた「むらさき号」1台があちこちに行っていたのかと思っていましたが、他にもいろんな色の名前をつけた数台が出かけていたらしい。
「らしい」では、なんなのでちょっとWEB検索。。。なんだかの記憶と事情が違うのが気になります。山間部とか飯場とかって・・・。最近のブックガイドにもちゃんと載ってる駅前の老舗書店まで徒歩で10分で行かれるところなんだけど。やっぱないなぁと「むらさき号」をあきらめて、停車位置の広場から5分の図書館にドリトル先生シリーズを借りにいった覚えもありますが。。。(「むらさき号」のほうが一度に借りられる冊数が多く、期間も長いので、シリーズ読破には「むらさき号」で借りたかったのです)
WADA
|