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【コラム】
理不尽な食生活が続くと、ダシのきいた普通の和食が食べたくなる。コンビニ弁当やひとつでお腹いっぱいになりそうなハンバーガーやこれと言って食べたいものがない時の腹ふさぎのトールサイズのカフェラテ。そんな食事というか食餌が続くと、目も舌も胃も「もういいよ。いっそ絶食してくれよ」と言う。
食欲はなくとも、三度三度の時分どきには何かお腹に入れておかないと、すぐに目眩が起きたりする質なので、気が乗らないまま、また簡単な食餌となる。
そんな時には、白いご飯と、豆腐のみそ汁、化学調味料の味のしないお漬け物、そんな食事に憧れる。
番茶とか焙じ茶、麦茶でもいい。茶色の温かいお茶でほんのりと甘味を感じたら、箸をとる。修行中のお坊さんのように押し頂いてみそ汁をひとくち。ご飯をひとくち。ほかほかに熱くても、冷たくても、ぬるくてもいい。きちんと炊き上げたご飯はどんな温度でも幸せな甘味がある。噛みしめた甘味の後、大きな威勢のいい音のするお漬け物。
たまに行く和食のお店で、コースで季節と技と器を存分に愛でた後、「お食事です」と出されるちりめん山椒のご飯と赤出し、ぬか漬けに「これが一番おいしい!」と言ってしまいそうなのを赤出しで飲み込む。料理屋さんで、この3点セットを「お食事」というのだから、やはりこれが日本の食の基本なのだと思う。
私は和食党というわけではない。何日かご飯を食べなくても何ともないし、一日3食パンでもパスタでも別に構わない。嫌いなモノでさえなければ、何が何日続いても平気な質だ。平気だけれど、やはり、ご飯みそ汁漬け物がいちばんいいなぁ。
どんな国のどんな食事でもそうだけど、食べようと思ってから口にするまでは、時間も手間もかからないものでも、私の知らないところで、誰かが長い時間をかけてくれている。今年の実りが来年の実りに繋がるという単位でお米が作られるのは、もちろんのこと。その単位はさらに、稲の実がお茶碗で湯気を立てるまでの行程を、どれだけの人と年月が「こうすれば美味しい!」と試行錯誤して伝えて守ってきたかと思うと、日本に生まれたすべての先人に感謝したい。
ウニを初めて食べたのは、海辺のお調子者だったと思う。その好奇心をエライとも思うが、豆を味噌に、そしてみそ汁に、糠を不用品にしなかった人、野菜と糠のマリアージュを伝えた人達にこそ拍手を贈りたい。
(2007/10/8 WADA)
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