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【コラム】
「梅雨入り宣言」なにか偉そうな、でもアナログな。
気象庁のそれなりの地位にある人が、これからしばらくの憂さを晴らすためにも、記者会見を生中継して「宣言いたします!」くらいやって欲しいなぁと、思ったもの。
梅雨明け宣言も同様。そして、ハズれた時には、お詫び会見もしっかりと。
「梅雨入りしたとみられる」なんで、ここだけ弱気なのか。「明日、○○駅前の午後3時の天気」までピンポイントで予想できるというのに、梅雨に限って自信なさげで、今年の関東地方のように「梅雨入りしたとみられる」と言った瞬間から、梅雨が明けたような暑くも爽やかな晴天が続くと「えへ」と言って終わりにできるような感じ。
ともあれ、この季節に「梅」とつけたのは、すばらしい。前線の動きがというより、桜の開花のように、基準木の梅の実が直径何センチになったので「梅雨入り」とされるなら、少々外れたとしても納得できる。そして、その梅の実の成長は梅雨前線と連動するような気もする。
収穫される寸前の梅の実は、本当に美しく愛らしい。様々な菓子店がこの時季に必ず出す青梅のそれは、果実を模した和菓子の中でも、格別に本物に近い色合い・手触り・重さで群を抜いていると思う。我が家にあった梅の木の実、掌に乗せたときの、撫で撫でとしたくなるサイズと重さと産毛、そして甘い香りが大好きだった。強く押したりすると、すぐに痣のように痛んでしまって、梅干用からも梅酒作りからも外される。だから、力加減のできない子供は梅に近付くことを禁じられ、大人たちの行事だった。収穫前に落ちた実も、地面に接した瞬間に痛みは始まる。かと言ってそれを生で食べるのはタブー。
梅の収穫を終える頃には、庭には、食用を免れた梅の実が甘い香りを漂わせる。その香りは、早春のような潤みを含んだ温い夜気と柔らかく混ざり合う。それだけで酔ってしまいそうな香気が大好きなのだけど、アルコールが一切だめな私は、どんなワインや日本酒が飲めないことより、梅酒を味わうことができないのが口惜しい(ので、梅ジュースを作ってもらう)。
その頃の梅の木は、実を隠すように、実と同じような色合いと大きさの葉を茂らせている。月がなくとも、新鮮な葉の緑は自ら明るく光を放つようで、用もなく窓を開けて庭を眺めたり、外に出てみたりした。
(2007.6.18 WADA)
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