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【コラム】
仕事始めから過酷な日常が再開。週末にライブに行っても、週明けにはまた眉間にシワが刻まれる。この週末には美術館に行ってみた。
できるだけ、落ち着いた雰囲気を求め、ブリヂストン美術館に行くことにする。
ブリヂストン美術館は、東京駅八重洲口から歩いてすぐだが、ターミナルのざわつきを避け、銀座を出発点に勝鬨橋・木挽町・八丁堀と江戸の町並を辿って歩いてみる。
真赤なコートを制服にしたドアマンがいる聖路加病院の車寄せは、高級ホテルのようだったり、新築のマンションや大企業の本社ビルがある中に、仕舞屋風というのか、落ち着いた(古色を帯びた)料理屋や宿屋がある。波除神社にはお参りする人の姿がある。
この辺りは「御宿かわせみ」の舞台になった場所。
と、少々の観光気分だけれど、日常の町並の居心地よさが羨ましい。
日常の町並ならば、自宅の回りで散歩すればいいのだけど、この雰囲気はないんだなぁ。
こうして、ふらふらと歩いているだけで、体の中の成分が洗われたように感じる町並には、神仏が寄り添っているように思う。
占いには興味がなく、風水もそれに基づいて何かを、と積極的に取り入れることはない。
が、神仏・社寺・鎮守の森や拠りどころとなる樹木に、信仰という言葉以上の、もしかしたら違う意味の力があることは感じる。
以前すんでいた家のヒバの垣根や南天の木にも、今思えばそういうものを感じて、用もないのに庭でぼんやりしてる子供だった。
古い家で、御守りと思える木に文字通り囲まれて育ったのだなぁと思う。
辿り着いたブリヂストン美術館では、コレクション展。
19世紀・20世紀のヨーロッパ人の印象派は、やっぱりどうしても「わからない」のだけど、同時代の日本人の絵画には「いいな」と思う。
特に藤田嗣治の「猫のいる静物」は大好きな一枚。
猫と小鳥の「決定的瞬間」をとらえているのに「静物」と題するユーモア。
しばらく「猫のいる静物」を眺め、思い立って日本橋まで歩くことにする。
(2008/1/21 WADA)
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