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【コラム】
贔屓の力士がいるわけではないが、大相撲中継を見るのが好きだ。
我が家は、様々なスポーツをテレビ観戦することが趣味でもあり、子供の頃から放送される種目で、季節や月日の流れを感じることがよくある。
大相撲についていえば、競技としてよりも、よどみなく進んで行く儀式めいたところが好きで見ている。
ケガで休む力士があると、不戦勝として相手力士は勝ち名乗りを受けるためだけに土俵に上がる。
休場となれば、下位から上がってくる力士がいて、あぶれる力士はいないことになる。
これらは、勝ち負けの白星黒星は、一日の取組で必ず同数にするためだそうだ。
力士の四股名は、○○山や△△海など海山川野とつくものがかつてのスタンダードで、このことから、海(彦)と山(彦)とのやりとりを力士が代行する神事だとされる。
海と山の豊穣を祈ってのこと。
まわしについてるサガリは、神社のしめ縄を意味するとか、そんな話はいくつもあって、格闘技として見るより、祭事と見るほうが格段におもしろい。
その儀式の一切を取り仕切っているのが、呼び出しさんたちだ。と、私は思っている。
テレビで見ているだけでも、彼らの仕事ぶりは素晴らしい。
呼び出しだから、土俵上で力士の名を呼び上げるのが最も目立つ仕事である。
解説の声に遮られることが多いのが残念だが、声が朗々と伸びる人、枯れた味わいのある人と様々で、力士よりも贔屓の呼び出しさんがいたりする。
土俵下で、力士に柄杓やタオルを渡したりと世話をしつつ、呼び出しが立ち上がることで取組の時間を知らせる大事もある。
テレビによく映る場所なので、顔も覚えてしまうが、そこにいる呼び出しは、番付が下の取組では、土俵で力士を呼び出している。
そうやって、呼び出しの仕事は循環して行くのだと知るのもおもしろい。
裏方として、呼び出しは相撲のすべてを取り仕切っているように見える。
何かあれば、さっと動き、手を差し延べるのは呼び出しで、1分先の未来をすべて知って動いているかのように見事。
その日の勝敗を、全部予見しているのではないかと思う。
たっつけ袴を着こなして、音もなくキビキビと動く姿を「仕事ができる男はいいねぇ」と惚れ惚れと見ている。
(2008/7/21 WADA)
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