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物心つく前からの我が家のお正月、元日は家族で過ごす。子供のころは苦痛だった(今は大好きな)ニューイヤー駅伝を見ながら、お雑煮と一口ずつのおせち料理っぽいおかずで元旦の祝い。
その前に父は近所の銭湯の一番風呂に行く。元旦だけは銭湯が決まり。
お年玉をもらって届いた年賀状を見ながら、出していなかった方への年賀状を慌てて書いたりして、なんとなく家族3人、狭い茶の間で炬燵みかんでテレビを見ながら一日中ゴロゴロする。
2日は早起き。ともに都内にある両親のそれぞれの実家へお年始に行く。私にとってはおばあちゃん家に遊びに行く、というか稼ぎ時。
車で、箱根駅伝往路のラジオ中継を聞きながら、ランナーたちとは反対方向に走って行く。テレビの映像では見られず、第一京浜ではすれ違うこともできない幻の箱根駅伝往路だった。
父の実家では、祖母と結婚前の叔父叔母がいて、あんまり遊び相手になってくれる人はいないが、それ以前に乗り物酔いの酷かった私は、意識朦朧として勧められるおせちもお菓子も目にも入らない状態。
可処分所得の多い大人がたくさんいるので、お年玉だけはしっかりもらってきたが。
乗り物酔いも覚めた頃、母の実家へ向かう。
道筋の神社が父の氏神さまになるので、ここで初詣。
母の実家には、従姉たちがたくさん集まっている。一番上に従兄がいて、その次からは延々と女の子が続くので、従兄はその輪には入らず大人たちと一緒にいたようだ。
お楽しみのお年玉タイムが終わると、2階で女の子だけで大騒ぎになる。漫画とか、ちょっとお姉さんっぽいファッション雑誌とか、洋楽とか、内緒話、いろんなことを教えてもらった。
そのうち、若い叔母さんや従兄も交えて、百人一首大会が始まる。
このおかげで私は小学校入学前から、かなりの歌を覚えていて、小学校の百人一首大会ではスターだったっけ。
夏に皆で行った海水浴のビデオを見たり、お祭の話をしたり、伯父さんたちの江戸下町言葉の気の置けない話は楽しかったし、落語のようなおしゃべりのなかにしきたりや決まり事を学べる機会でもあった。
伯母さんたち、それに従姉たちもよく似てて、母たちが娘の頃のお世話になった近所のかたがお年始に見えると「私は誰の娘でしょうクイズ」なんてこともやって遊んだり。
やがて夜も更けると、そろそろ帰らなければならない。親戚全員東京にいて、会おうと思えば、いつでも会えそうなものだけど、このお正月という雰囲気のなか、晴れ着で会うのは格別なもの。名残惜しく、皆いつまでもぐずぐずとしている。
交通規制や渋滞に巻き込まれたりして、かなりの時間をかけた行きとは違い、帰りはあっという間に家に着いてしまう。
大騒ぎして暑いほどだったおばあちゃんちから、暖房の名残もない我が家の寒さがひときわ身にしみて冷たい。
お年賀として交換したお菓子などをつまんでお茶を飲んで、寝る。
あ、その前にお年玉の搾取。小学校6年生で10万円超だったので、当たり前と言えばそうだけど、なにか腑に落ちず。
3日。昨日の疲れで早起きなどできない。箱根駅伝は、とうに箱根の山を下り、トップの選手だけが延々と映し出される展開。
洋風好みの父のため、3日はもうトーストの朝食(というか朝昼いっしょ)。
食事も済んで、昨日の晴れ着の手入れなどしてると、駅伝の選手が感動のゴールテープを切る。
過程を見ていないレースのゴールなんて、なんにも感動しないし本当につまらない。
やがて、叔父叔母、従姉たちにも人事異動がそれぞれにあり、「おばあちゃんち」というふうにして集まれなくなった。
正月三が日は思いっきり駅伝三昧になったのだけど、なんだかまだ、それを語ることが負け惜しみのような気分がしてならない。
(2009/1/5 WADA )
「謎と初夢」
突然の不景気宣言に戸惑った人がほとんどだろう。だが、やっぱりと思った人も少なくないのではないか。 近年の好景気は嘘だ。そう思い続けていた。好景気の実感などまったくなかった。不動産バブルと金融バ
ブルへの反省がないまま、景気は変わらないのに粉飾していると思っていた。逆に、国内需要が冷え込ん だというのも疑問だ。いまも消費者はネット、テレビショッピングを含めて消費にいそしみ、買い控えというほ
どの現象は起こっていない。景気回復をアピールするために、大手自動車メーカーを中心に粉飾していた。 輸出が突然冷え込んだという言葉、だれが信じるのか。
装われた好況に基づいて増産が続いた自動車業界。だからメーカーはどこも、いつでも切れるように不定 期労働者でまかなってきた。それをきれいごとにしたのが、アウトソーシングという言葉だ。派遣会社の知人
が次々と自分で派遣会社を立ち上げた。なぜか。だれでも利ざやを稼げるからだ。
「しゅうかつ」、就職活動の略語は業界用語だった。しかしいまは一般化して、「婚活」まで流行りだした。 大学三年から研究も業績も関係なく就職活動に精を出すのが当たり前。就職のために商学部や経済を専
攻する学生を軽蔑した時代は遠い。ゼミや卒論も関係なく就職するなら大学の意味はないという単純な発 想は通用しない。卒論よりも、部活の部長経験や運動部のほうがよほど重視される。なんのための大学なの
かわからない。
石油の値段もわからない。投資によって作られる相場は虚構性が高く、その危険性は資本主義経済の問 題そのものだろう。現在の経済構造について批判的に見て、問題点と改善案を提示してくれる経済学者は
いないものか。僕たちの前にあるこの経済の「謎」には、まだだれも向き合っていない。 こう年末、書いた。そして新年、聞こえてくるのは、派遣首切り労働者へのとりあえずの対策の連呼のみだ。
いい初夢を見たいのだが。
(2009/1/5 志賀信夫 )
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