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Amazonから電子書籍リーダー「Kindle」が発売され、電子書籍が当たり前になる日が近づいているようだ。
日本語対応されるのと、まずは著作権がどうのという問題をクリアしなければならないだろうから、日本での発売はまだ時間がかかるのだろう。
電子書籍がアリかナシか、という話なら、私はアリ。
通勤時間が長いので、そこで本が読めればいいのだけど、私の目には電車内の読書はキツイので、積極的に読むことはない。
それでも急にコーヒーが飲みたくなって寄り道したり、待ち合わせの相手が現れるまで、などのために文庫本は1冊、バッグに入れている。
いつどこを開いてもおもしろく読める本、古い随筆や歌集、古典など、古書店でみつけては買っておく。
ところが、そんな著作権の切れた作品は「青空文庫*」に収録されているものも多く、それならばiPhoneでかなり快適な環境で読める。
文字の大きさ、明るさなどカスタマイズできる。活版印刷を思わせる、少々古臭いフォントや古びた紙のような色を背景にすることもできる。
古書店で定価以上の値段で買うよりも青空文庫で無料で読めるのはありがたい。
逆もあって、青空文庫で読んで気に入って、古書店で探し出してでも自分の本棚に並べたいものもある。
本も好きだけど、読書も好きな私には、それが紙であろうとディスプレイであろうと抵抗はなく、読めるのならなんだっていいのかもしれない。
読後の満足を比べると、故人となった作家や古典に気に入る本が多く、新刊で何度でも読みたい、手元に置きたいと思う本はごく少ない。
ならば、買って一時的にでも、本棚なり部屋のスペースを取り、処分するにはコストもかかり、後ろめたさもある本よりも、一度読んで気に入らなければDeleteできる電子書籍の魅力は大きいと思う。
Deleteしなくたって、データ容量は少ないから、ずっと保存してもたかが知れてる。
簡単に捨てられるのが魅力だなんて情けないけれど。
先日も、いっぱいになった書棚を整理し、処分する本を抜き出したら、ここ数ヶ月に買ったものの多さに散財を嘆いたばかりだ。
すぐに処分することになる文庫本10冊(読破時間にして5時間ほど?)で、高くて買えないとずっと躊躇してる本が買えてしまうかと思うと、○| ̄|_
たとえ1冊でも読んでる人の、人となりを想像してしまったり、よそのお宅に伺えば、なによりも書棚に目が行ってしまう。
数冊でも山のような蔵書も、本のある景色は心躍る。
図書館でも書店でも、あふれるような本に囲まれるのは至福の時でもある。
毎日の膨大な発行は自由に本が読める、書ける環境に恵まれている証拠でもあるけれど、残したいものを記すのが本であるのに、すぐに処分されてしまうものばかりというのは宝の持ち腐れというか「文化」の使い道を間違っているのかもしれない。
ちなみに、昨年11月の売上部数ランキングには「血液型自分の説明書」や自己啓発本、TVドラマ絡みの小説などが上がっていて、今、リサイクル書店の100円コーナーで頻繁に見かける顔ぶれでもある。
出版部数より購入者の書棚や書店での「生存率」を調べるのも面白そうだと思う。
出版部数でなくて生存率で印税が支払われたら、著作権を主張して、読む機会を奪う作家も減るかもしれない。
新刊こそ電子書籍でまず発表し、それから活字版をオンデマンドで発行するというのはどうだろう?
どうしたって電子書籍は嫌な人はいるだろうから、ブックレットのような体裁で発行するのもあって、あとから丈夫な表紙を発売したりして。
もちろん、電子版は無料とは言わない。印刷・製本された本よりもずっと安価であるべきだけど。
うかうかと吟味せずに本を買ってしまうのを改めればいいのだけど、セーブできたそのお金で、少々高くなってもいいから、「読みたい本」「手元に置いておきたい本」を買いたい。
中世のヨーロッパのように、装丁も凝りに凝った本が現れそうだ。
つまり、そこまでしても欲しい本、が読みたいわけ。
生存率の高い本と書店の隆盛は比例すると思う。
青空文庫*
著作権の切れた文学作品を収集・編集しインターネット上で公開している電子図書館
http://www.aozora.gr.jp/
(2009/11/9 WADA)
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