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「つぶやきの時間」
「つぶやく」「なう」という言葉が流行している。ツィッター。「いまどうしてる」という問いに、140字以内で「つぶやき」を書き込むので、「佑佳でランチなう」のように使う。するとミクシィと同様、自分が「フォロー」している人のつぶやきも表示される。100人フォローしているだけで、絶えず新しいつぶやきが表示され、テンポが早い。企業も新しい情報をいち早く流す。サイト、ブログ、ミクシィよりも早く、手間がかからない。どんどん書き込み返信されると、チャット同様にもなるが、書き手の所在が明らかなので、荒れにくい。変な発言や相手はブロックできる。
「つぶやき」自体も魅力がある。いま、中野のベトナム中華屋で昼食中、安くて旨い。だが中野に来る人がいないと話さない。今日もまだ寒い。でもだれかにメールするまでもない。そういった「ちょっと言いたい」ことは誰しもある。返事がなくても、つぶやいたことで満足する。恋人同士や家族の他愛もない会話に似ている。
だが、「これを探している」と書き込むと、教えてくれる人もいる。キーワード検索ができるし、直接メッセージも送れる。ジャンルを特定できるタグを入れて発信すると、同じタグで意見を集めたりできる。ミクシィやブログサイトなども取り入れ始めた。先週の週刊ダイヤモンドは、表紙にツィッターで募集した人のアイコンを入れて特集を組み、アイデア会議もツィッターでやったという。
このように個人の「つぶやき」が募金、社会活動、営業、仕事にまで広がる。速さと手軽さが武器で、オバマも選挙に活用したというが、世論操作や悪徳商法などの危険性もある。ちなみにミクシィは企業の営業を禁止している。
今後、どうなるのかわからないが、はまりすぎないようにしたい。電気とアクセス料、そして圧倒的に失うのは、時間だ。だが現代は、そういう無駄に見える時間を失ったからこそ、つぶやく時間が必要なのかもしれない。
(2010/1/25 志賀信夫)
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