Art's Report site/ZAKKAYA PARIS

戸田昭子「雑歌屋パリ」

vol.29

雑歌屋:制作という夢 続き

ところで日本にある舞台の伝統とは、村祭りや祈り、そして発表会ではないか、と思います。
ハレとケという日本の言葉、ハレは文字通り「晴れ」の日、ケは忌み嫌う、の意もあるようですが、つまりは日常。
それでいくと、日本の音楽会はハレなのでないでしょうか。
しかし私にとっては日本でのコンサートも“晴れ“ではなく、お仕事「ケ」です。だから、日本で年に一度の公演
でもお祭りにしたくない、そんな気持ちがしますし、打ち上げもなくてもいいのです。

今回4月に行った雑歌屋1789は「レクチャーコンサート」と言うことで「難しそう」と言う反響も頂きました。これ
も興味深いことです。西洋音楽が明確に「輸入もの」である証拠ではないか、と思います。歌舞伎についての「解説
付き一幕」みたいなものなら、難しそうなイメージはなく逆に「わかりやすくなりそう」という期待さえ持てそうで
す。歌舞伎なら“わからない”なりに、日本の伝統文化であり、わからない日本語であっても「日本語」にかわりは
ありません。

学校で習った歌や歌謡曲は歌っていても、クラシックは「高尚」なのでしょうか。そういう教育がなされてきたとい
う事実もあると思いますし、外国語がベースの「外来もの」は、どうしても動かせない事実ではあると思うのです。
しかしそれ以外にも音大を出た出ない、どこそこの出だ、で分けられてしまうのに、さみしさを感じてしまうので
す。それはおそらく「クラシックをどうやって聞いたらいいのかわからない」という疑問から来ていることで、ど
うやってきいたらよいかわからないので品定めもできない、だから出身校を見て選ぶしかない、ということにな
るのでしょう。

「どうやって聞けばよいのですが」という答えのない質問は演奏が「ケ」になっている以上、「ハレ」としてうけ
とめる人々の気持ちを想像するのがたいへん難しいのですから、ますます柔軟な姿勢を持ち、演奏する方も教える
方も心してとりかかるべき永遠の課題かと思います。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AC%E3%81%A8%E3%82%B1
西洋音楽は、よそから来たもの。ということを忘れずに、でも楽しんでいる人々もいるというかたちで、たのしく
真剣な遊びをお届けしていきたいと願っています。

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